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「もしも自分が犯罪者の家族になってしまったらという状況、想像できますか?~『羊の告解』~」【YA⑭】

『羊の告解』 いとうみく 著 (静山社)
                                                                                                   2021.9.6読了
ある日突然、思いもよらず人は犯罪に巻き込まれることがあります。
それは、ほとんどめったにないことだとは思います。
 
でもちょっとだけ考えてみてください。
自分が犯罪者本人だったり、もしくは被害者側だったり、または犯罪者の家族や被害者家族と、おかれた立場によってそれぞれが持つ苦悩や葛藤は、全く質の違うものになります。
さあ、もし自分がこれらの立場のうちどれかに該当した場合、その胸中はどんなものなのか改めて考えたことはありますか?
 
この本は児童書には珍しく、まさに犯罪者の家族を突然に持ってしまった中学生が主役という内容です。
 


主人公の男の子は中学三年生という、受験を控えていて思春期真っただ中のデリケートな大事なこの時期に、父親がある日の朝、いきなり訪れた警察官に殺人という容疑で連れていかれました。
家族にとっては寝耳に水、青天の霹靂な出来事です。
 
そして父はそのまま加害者として拘束されることになりますが、連れていかれる時から裁判が終わるまでなぜ殺人を犯さなければならなかったのか、いっさい家族には話しません。
ましてや、面会さえも拒否するのでした。
 
こうなると、突然加害者家族となってしまった母や弟、そして主人公は何もわからないまま、弁明することもできずに社会から犯罪者の家の者としてレッテルを貼られ、暮らしていた街や学校から逃げざるを得なくなってしまうのです。
 
仲が良かった同級生、やっと自分との間に進展が見えかけていた彼女、打ち込んでいた部活とも、何一つ訳も話さないままに突然離れざるをえなかったのです。
 
せめて誰かに、きちんと何があったのかを打ち明けた方がよかったのでしょうか?
自分は結局現実から逃げてしまったのでしょうか?
一度逃げたらずっと、常に真実がばれてしまう不安に苛まれてしまいます。
もっとも、自分が今の場所を離れた時に、きっと事実はあっという間に広がってしまうに違いありません。
 
新しい場所で、誰も自分のことを知らない土地で暮らし始めても、やはりいつかばれてしまうのではないか?と、恐怖に慄いてしまいます。
 
こういう状況の中、自分ははたして父親と向き合えるのでしょうか?
なぜ犯罪を犯してしまったのか、父親を恨み続ければ済むことでしょうか。
自分にも父と同じ血が流れているのは間違いないのです。
自分もいつか加害者となってしまう時が来るのではないかしら?
 
当事者になる恐れ。
加害者家族になる恐れ。
周りから糾弾されてしまう恐れ。
様々な葛藤が生まれ、主人公の気持ちを思うと辛すぎて悲しくなります。
 
それはもしかしたら誰にも起こりうるのかもしれません。
その時自分はどういう行動をとるのでしょうか?
周りの親しい人は、加害者の家族にどう寄り添えるのでしょうか?
 
まさかそういうことは自分の身の回りには起こりえないと一笑に付してしまうかもしれません。
でも実際現実に、そのような立場の人たちは存在するのです。
辛い人生を背負っていかなければならない心中を、想像できるでしょうか?
 
自分の家族には起こらないにしても、もし仲の良い友人が当事者だったら?という仮定ではどうでしょう。
どんな風に声をかけていいものか、どういう態度をとったらいいのかわかりません。
わが身可愛さに、友人から離れてしまう選択をするかもしれません。
 
この本の主人公は、きっと友人たちは自分から離れてしまうだろうと考え、自ら黙って離れていくのです。
とても切ないです。白い目で見られることが怖かったのです。
 
 
被害者家族に焦点をあてたものはこれまでもあったかもしれませんが、加害者家族の気持ちや置かれた立場がいかにつらいものかという重い問題に向き合った作品です。
 
様々な事件や事故が日々発生している昨今、ある一つの事件の加害者の立場を一度考えてみると、罪を犯してしまう心情は理解できずとも、その家族のことは想像できるかもしれませんね。
想像力を働かせれば少なくとも、家族に対して誹謗や中傷はできないのかなと思います。


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