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9.出せない父への愛情と母への恐怖感

あの夜から数ヶ月後。
この時もまだ4年生だった。

なんでかは詳しく覚えていないが、この日は母が学校に来ていた。

おそらく、先生との面談か何かだったのだと思う。

放課後だった為、私は友達と校門付近で遊んでいた。

しばらくすると、見覚えのあるグレーのセダン車が学校の中に入って来た。

父だ。

スーツ姿だった。

私がそこにいると聞きつけて、仕事中にやってきたのだろう。

車から降りると私のところに近づいてきた。

私は焦った。

単純に急に父が現れて驚いたのと、学校には母が来ている。

父と母を遭遇させてはならないという気持ち。

父と会ったら怒られるという気持ち。

追い払わなければならないという気持ち。

どうしたらいいんだという不安な気持ち。

いろんな気持ちが働いて、とても動揺していた。

あの夜の事や今までの事があり、父は自分にとって悪い存在という洗脳状態。

でも心の奥底では、本当は大好きなお父さん。

そんな気持ちが入り混じって混乱していたようだ。

普通の小学生なら、自分のお父さんが来たら素直に喜ぶだろう。

素直に愛情を表現するだろう。

でも、私にはそれが出来なかった。

この時だけではなく、そんな状態がずっと続いていた。

私は焦りながら父に駆け寄って

「お母さん来てる!お母さん来てる!お母さん来てる!お母さん来てる!」

そう連呼していた。

頭の中はパニック状態。
なんとかしなければならない。
でもどうにもできやしない。

そして、悪いことをしているような罪悪感が私を襲っていた。

悪いことなんて何ひとつしていないのに。

また、母に責められるかもしれない父をかばっていたのだと思う。

電話で話した時は

「お父さんが苦しめてるんでしょ!!!」

と父を責めたが、それは母が隣にいて、目の前に父が居たわけではないから。

そう言わなければならない状況に追い込まれて、その状況に必死に対応していただけであり、心の奥底では父の事は嫌いではないのだから。

そんな、本当は大好きなお父さんと2人きりの状況で、小学4年生の子供が、相手はお母さんを苦しめている存在だとはいえ、責めるような口調で話すなんてことはできなかったのだと思う。

だからこそ混乱したのだ。

そんな私の姿を見て、父は困った表情をしていた。

どんな会話をしたのかは覚えてないが、最後に父が写真を撮ろうと言ってきた。

写真なんて撮られてはいけない。
これは悪いことだ。

そんな気持ちに戸惑いながらも、私は父の言う通りに、体育館の壁を背にした。

私に向けられるカメラ。

父に写真を撮られている自分は悪いことをしている。

そんな気持ちになりながらレンズを見つめた。

父は私1人だけの写真を撮った後、2人で撮ろうと言ってきた。
一緒に遊んでいた友達にカメラを渡して、私の隣に肩を組んで並ぶ父。

本当は嬉しかったはず。
でも、悪いことをしている自分に罪悪感を感じていた私の心臓は大きな音で鳴っていた。

写真を撮り終えると、少し会話をして父は帰って行った。

どんな言葉だったかはよく覚えていない。
元気でなとか、またなとか、そんな別れの言葉ではなく、また会う機会があるような、車に向かいながら、私の方を振り返りながらの中途半端な言葉だった。

父が去った後も、私は混乱したままだった。

自分は悪いことをした。
お母さんに怒られる。
怖い。
そんな不安が私を襲っていた。

お父さんの事が本当は好きだ。
会えて嬉しかった。

そんな気持ちを無意識に抑圧しながら。


その後、用事を終えた母と会った。


黙っているのは悪いと思い、父と会った事を話した。
いきなり父が来てこんな事をしてきたと、父が悪いというような話し方をした。

それから数日後、父から母宛に手紙が届いた。
中にはあの時撮った写真も入っていた。

父からの手紙の文章には

Sowa.がお母さん来てる!お母さん来てる!と慌てていた様子であった事、それは母が私にお父さんは悪い人だと吹き込んでいるからだという内容が書いてあった。

母が私に怒った表情で聞く。

「お母さん来てると言ったのか?」

私は怖くて

「言ってない!」

慌ててすぐ返した。

「だって手紙に書いてあるよ」

「言ってない!!!!」

母は無言で私を睨んだ。

私は恐怖で息がつまった。


親子関係と、大人になってからの恋愛はよく似ている。
似ているというか、同じ事をしている。

母の存在を気にして、大好きな父に気持ちを伝えられない。愛情を表現できない、受け取れない。むしろ抱いている感情と反対の態度を取る。そしていつしか好きという感情すらもなくなっていく。

相手が私に好意を向けていたとしても、あの頃の母のような存在が自分の中にいて、恋愛感情のある相手に想いを伝えられない。愛情を表現できない。相手の気持ちも受け取れない。近づこうとするが、咄嗟に反対の態度をとったり、好きという感情に素直になれない。
無意識に。

そして、父と会えなくなったように、好きな相手は私から離れていく。

だからそもそも私の恋愛はいつもはじまらない。

これに気付いた時、これからはもう大丈夫だと思ったが、この無意識だったトラウマは、自分が思っている以上に強く根づいているようで、無意識にまた同じパターンを繰り返してしまう。

同じようなシチュエーションになった時、自分で整理してきた今までの人生や感情は全て飛び、恐怖や不安が襲ってくるのだ。

これは感情のフラッシュバック。

すぐあの頃の自分に戻ってしまう。

またやってしまったと、ハッと気付いた時にはもう遅い。

この後の生活はとても辛い。

自分のことを理解していたのに。

わかっていたのに。

なんでまた。

何をしていても、そんな後悔や悲しさが自分の中を埋め尽くす。

希死念慮さえ出てくる。

あの頃の私も、自分ではわかっていない無意識の中で、父に会えなくなった辛さや悲しさに耐えていたのだろう。

子供の頃の辛い体験を繰り返しているから尚更辛いのだろう。


2年と数ヶ月前、あの時父と撮った写真を目にした。

笑っているわけでもない、だからと言って暗いわけでもない、どうしたらいいのかわからないような不安そうな表情をしていた。

あの時の自分に、大人になって全てを理解した自分が話しかける。

辛かったね。

苦しかったね。

悲しかったね。

不安だったね。

怖かったね。


偉かったね。

頑張ったね。


もう苦しまなくていいんだよ。

不安にならないで。

怖がらなくてもいいんだよ。

もう頑張らなくていいんだよ。


今まで無意識だった幼い頃の心の傷、本当はわかってもらいたかった気持ちは、大人になってから気付いた自分が1番理解してあげる事ができる。

自分でその傷を癒してあげる事ができる。

落ち込んでいる場合じゃない。

もう2度と同じ事を繰り返さないために

また、あの時の私を、大人になった私が助けに行かなければ。

わかってはいるが、まだ少し無理みたいだ。

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