荀子 巻第一勧学篇第一 3
荀子には、コツコツと小さなことを積み上げることで大きな結果を得られるのだ、ということが複数の例を挙げて書かれています。そのまとめとして、「半歩ずつを積みかさねずに千里を行くことはできない」としています。「千里の道も一歩から」と言いますが、荀子の場合は、さらに短く「半歩」(蹞歩)からなんですね。
続いて次の語句が出てきます(「荀子」岩波文庫 金谷治訳注)。
騏驥も一躍にしては十歩なること能わず、駑馬も十駕すれば則ち亦たこれに及ぶべし
駿馬(騏驥)でも一躍で10歩も進めない、駄馬(駑馬)でも10日進み続ければ駿馬に追いつけると言っているのです。「十駕」の意味が分からず、ネット検索していたら「駑馬十駕」という四文字熟語があることを知りました。先の引用、有名な一節だったんですね、お恥ずかしい限りです。
「駑馬十駕」の次に出てくる文言がこれまたすごいです(「荀子」岩波文庫 金谷治訳注)。
功は舎かざるにあり
調べたところ「舎く」という言葉には「やすむ」「やめる」という意味がありました。なので上記引用の意味は、「手柄・成果は途中でやめないところにある」となります。
駑馬である僕でも、10日進み続ければ騏驥に追いつけるぞと応援してもらえつつも、「途中でやめない事が肝心だ」と戒めももらっているわけです。
この後、「舎かざる」ためにはどうすれば良いかが書かれていて、それには一つの事に集中しろと教えてくれています。
以上の僕の理解は、大きなことは小さなことの積み上げであり、小さなことを「舎かざる」ことによってそれは成る、「舎かざる」ためにはその事に集中しなさい、となります。
「駑馬十駕」も良い言葉で励まされますが、「功は舎かざるにあり」に心惹かれた私でした。