大阪日記│Ruby red days
Sun.
四国にやって来てから、関西が身近な場所になった。
神戸であれば高松からフェリーが出ているし、大阪も淡路島を経由してバスで向かうことができる。東京では飛行機か新幹線がおもな旅の移動手段だったが、ほとんど使うことがなくなった。
神戸から大阪に向かってみると、1時間足らずで着いて驚いてしまった。電車で510円、なんて気軽に来れるのだろう。神戸よりも、人の流れが一段階速くなる。そういえば、電車の乗り換えをするのも久しぶりだ。
Mon.
大阪に来るのは、1年半ぶりだった。
以前は熊野古道の帰りに寄ったのだった。路地裏の店でお好み焼きを食べ、珈琲を飲みながら日記を書いた。
大阪もまた、不思議な街だと思う。
雑多で賑やかな風景のなかに、ふと気品のある珈琲の店が紛れ込んでいたりする。神戸と大阪は、どこか表裏一体の街のようだ。それぞれの表が、それぞれの裏であるかのように。優雅な佇まいの喫茶店で、若い女の子もおじいさんも、皆が大声で楽しそうに話していた。大阪もとてもいい街だと思った。
Tue.
2000円台のホテルに初めて泊まることにしたけれど、なかなかの無法地帯だった。安さにつられて連泊にしてしまったが、入口から治安が悪い。
女性専用の階が埋まっているとのことで、男性の階の部屋になる。洗面所は水浸し、なぜか女性の階のトイレさえも水浸しである。壁が薄い(というより、ドアの上が開いていた)ので、深夜でも行き交う人の声が聞こえてくる。日本語はいっさい聞こえてこない。
それでも個室ではあったので部屋にはちゃんと鍵がかかるし、椅子とテーブルもあり日記を書くことができた。マットレスは布団よりも薄いため寝心地が良いとはいえないが、旅の疲れのために熟睡していた。
四国遍路などを経て、自分でも驚くほど耐性がついていたらしい。寝られるだけで、有り難いとさえ思う。
Wed.
美術館にいく予定だったけれど、新世界に行ってみようと思いたつ。思えば学生時代以来かもしれない。当時の恋人と訪れたときはセピア色に見えたけれど、久しぶりに訪れたそこは、活気に満ち溢れていた。
串かつを食べたことを思い出す。適当な大きな路面店に入った記憶があるけれど、味をほとんど覚えていなかったので「元祖串かつ・発祥の店」という看板のお店を見つけて入ってみることにした。暖簾をくぐると、カウンターのみの小さいお店で、運よく座ることができた。
分かりやすいセットメニューがあったけれど、自分の食べたいものを頼むことにする。頼んでいない名物のどて焼きや飲み物をさらりと勧めてくる大将に流石だなと笑いつつ、せっかくなので頷いた。
普通のカルピスを頼んだつもりが、カルピスハイが来てしまい昼間から飲んでしまった。楽しみにしていた串かつは、どれも最高に美味しかった。
Thu.
夜、ホテルのシャワー室に行ったらいっぱいだったので朝に再チャレンジしてみるも水浸しだった。さすがに入る気がせずにいると、近くに銭湯を見つけられた。
暖簾の向こうに、シャンデリアがぶら下がっている銭湯にたどり着いた。自動ドアをくぐると番台におじいさんが座っており、何も言わずに空を見つめているので、お代がいくらか聞いて小銭を渡す。
銭湯に来るようになったのも、移住してからのことだった。共同生活や移動の多い暮らしになり、湯船につかる時間が恋しくなると、ときどき来るようになっていた。
銭湯は、特別な場所だといつも思う。すべてのひとが、等しく「ただの人間」に戻ることができる場所。身分も年齢もここでは関係ない。おばあちゃんと談笑し、常連のお姉さんにサウナのルールを教えてもらった。
Fri.
『 塩田千春 つながる私(アイ)』を観に行った。
塩田さんの個展は、コロナ前の2019年、東京の森美術館で はじめて観て以来である。巡回はなく、大阪・中之島美術館のみでの展覧会だった。
緊密に張り巡らされた赤い糸、繋がれた身体。
4年前に彼女の作品を観たときは、自分自身が、がんじがらめに縛られているような感覚がした。血縁、過去、他者との関係性 ── どんなに小さなものでさえ、例外なくすべてが繋がっている。「遠くに行きたくてもどこにも行けない」… そんな風に感じたことを、いまでもよく覚えている。
けれど自分を取り巻く状況が変わり、自分自身も大きく変わっていた。あれから 4年が経って、無数の赤い糸を前にしたときに感じたものは、息苦しさではなく、不思議な " あたたかさ " だった。
まるで円を描くように、すべてのものが繋がっている。わたしも、わたし以外の人たちも。
ここに来るまでに、どれだけの人とのつながりが生まれただろう。誰ひとり知り合いのいなかった街で生まれた繋がりや、文章を書くようになって生まれた繋がり。目に見えるもの、見えないもののそうしたすべてに生かされて、今日まで生きてくることができたと思える。
ひとつでない、名のない無数の関係性。
それはかつてのように自分を縛り付けるものではなく、ここまで自分を支え生かしてくれた、何物にも変えられない、たしかな "糸" だったのだ。
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