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大阪日記│Ruby red days #2

Nov.2024

Sun.
「尊敬する人は誰ですか?」と聞かれたら、(マスターでなければ)" 岡本太郎 " と答えるかもしれない。絵や作品はパワーが強すぎてなかなか直視できないのだが、本を読むと、その真人間ぶりに驚かされる。

高校生の頃に美術の授業で見た、テレビCMの破天荒なイメージからは想像もつかないほどの、あまりに "まっとうな人間" なのである。こんな人が「芸術家」という仕事を選び、世間や社会のなかで堂々と活躍していた時代があったということ。

血の通った彼の言葉に出会わなければ、わたしは今も、東京で暮らしたままだったのかもしれない。


Mon.
岡本太郎の母である、岡本かの子が書いた随筆をカフェで見つけた。文体は今よりもずっと読みづらいはずなのに、すらすらと読めて何より面白い。そしてパリの息子を心配する手紙があったのだが、かの子の太郎への思い、そしてそれに対する太郎の返事に、少しだけ泣いてしまった。人間としての自立と、深い敬意。愛とはこういうものなのだろうなと思ったことだけを覚えている。


Tue.
大阪の近くに来ると、直島で仲良くなった友達のことを思い出す。一緒に過ごしたのは数ヶ月だったけれど、離れてからもお互いが近くに来るときは連絡をして会ったりしていた。大阪で翻訳の仕事をしている彼女は香港生まれで、たまに語尾に「ね」が付くのが可愛い。LINEをするととても喜んでくれて、夜に会うことになった。

最後に会ったのは、吉野の桜を見に行ったときだった。その帰り道に、夜の公園に寄って話したことを思い出す。この日も夜ごはんのあと、一緒に公園に行った。


広場のような公園には噴水やベンチがたくさんあって、夜の9時でもジョギングや犬の散歩、子どもとブランコを漕いでいるお母さんがいて驚いた。腰をおろして話をしていると、「海ちゃん、旅行中なのに地元の人みたいな過ごし方してるね」と彼女が笑う。たしかに、とわたしも笑った。こんな風に、誰にでもひらかれた場所がある街は、とても豊かだと思った。

ジェラート食べに行かない?と誘われ、こんな時間まで開いているの?と聞き返す。夜のお店の窓辺で、「高松なら7時に閉まってるよ」「直島は4時ね」と笑った。


Wed.
直島の地中美術館には、モネが描いた大きな睡蓮の絵が5枚飾られている。思えば直島の外で睡蓮を観るのも、とても久しぶりだった。

「今日はどんな睡蓮に会えるだろう」という気持ちも、印象派展に足を運ぶ理由のひとつだ。モネは生涯で、300枚もの睡蓮を描いている。けれど同じ絵は一枚もない。大阪・あべのハルカス美術館で開催されている《 印象派 ─ モネからアメリカへ 》にやってきた睡蓮は、はじめて観るウスター美術館のものだった。絵を前にしたとたん、その淡く優しい色に惹き込まれてしまった。


睡蓮をみていると、とても不思議な感覚になる。ふわふわとしたその気持ちを言葉にするのが難しいけれど、ある日の地中美術館で、友人が「わたしと睡蓮が、ひとつになっているような感じがする」と言っていた。

世界と自分が循環している ── そんな感覚。

これまで観てきたなかでもお気に入りの睡蓮になったので、ミュージアムショップにて栞とクッキー缶を買ってしまった。そしてそれを開くと、また新たなときめきが待っていたのだった。


Thu.
ずっと行きたかった、太陽の塔に行く日がやってきた。
思えば直島にいるときからずっと行きたかったが、あれから2年が経っていた。旅は「縁」と「タイミング」だと感じる日々だけれど、ようやくそのときが来たのだ。

同じ大阪市内からの移動だったが、神戸からよりも時間がかかって驚いた。とはいえモノレールから「あの顔」が見えたときには、思わず緊張してしまった。遠くからでもよく見える、まるで怪物のような大きさだった。

近づいていくと、それはどんどん大きくなっていった。初回の10時に予約をしたので、ゲートが開くまで塔の真下で待つ。逆行ができないというので、心してなかに入った。そうして最深部で《生命の樹》と対面したとき、感極まってしまったのか、すこしだけ涙が出た。


見えないものたち、その血潮。
大樹の根元から生まれた生命たちが、長い年月をかけて上昇していく。そのすべての始まりは "菌類" だった。そこから歴史を語りかけてくるのを見て、「この場所を創ったのが岡本太郎でよかった」と、心から思えた。

見えない世界から多種多様な生物がうまれていき、最後にぽつん、と人間があらわれる。その姿は、ほかのどの生命よりも小さかった。

わたしたちは、かつては一本の樹だったということを、立ち止まり思い出す。

体内から外に出たとき、太陽を真正面から受ける背中を見た。それは翼をひろげているようにも、わたしたちを守ってくれているようにも見えた。


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𝚜𝚎𝚎.
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