あ、と思う間もなくつるりと呑み込んだ。彼にとって、それが毒であるか薬であるか、はたまた何物にもならぬのか、私には分からなかった。 彼は暫く目を閉じて、後味をじっくり噛み締めていたようだった。楽しんでいるようにも苦しんでいるようにも、どちらともとれる表情で、そこから判別することは叶わなかった。 「愛とは不可思議なものだ」 地を揺るがすように低い声が、ぽつり、呟かれる。 「おまえにはわかるか」 「いいえ」 私は首を振った。愛というものは確かに胸の内にある。私は彼を愛している。けれ
「死は救いではない。が……生よりは限りなく救済に近いものだ」
君へ花束を。幸福を。そして死を。 それは決して愛ではないなにか。
「ねえ、」 「はい」 何度も「ねえ、」と呼ばう。その度「はい」と応える。 決して名を呼ぶことはなかった。だからそれ以上の応えを持ち得なかった。 彼女は。 「死にたくない」 そう言っていた。そう言って飛び降りた。 赤い紅い、惨憺たる夕焼け空を背にして、彼女は身を投げ出した。 地面に散らばる肉塊と脳漿と血液とその他諸々の体液が、それでも、彼女を構成していたのだと思えば、紅玉に勝るとも劣らないほどに美しかった。
それは罪である。そして罰である。
「お前なんか嫌いだ」 (そう言う自分が一番嫌いだった)
「こんな醜い世界を、直視していたくない、というのは……我儘でしょうか?」 度のない眼鏡のつるに触れた。
明日世界が終わるとしても、「君といられたならそれだけでしあわせだよ」
私にはこれしかないのだ、と言う。 「命を削るだけの価値が?」 「いいや、いいや、そんなものはない。そんな大層なものじゃあない。しかしね」 彼は唇を噛み締めた。 「そんな価値はなくともこれしかないのだ。そうするより他あるまいよ」
「死んだらどうする?」 「随分と唐突だね」 「いつも思ってる事だよ。死んだらどうしようって」 「そうかい」 「そう。でも答えは出ない。どうしよう、から進まないんだ。先へ進めない」 「……」 「だから、なァ、教えてくれないか。君は死んだらどうする?」 「……まァ、そのとき考えるさ」 ……、 「なァ、どうするか、あの時はぐらかした答えを、僕に、教えてくれよ」 硝煙と血に塗れたまま。
繰り返される日々の中で、やりたくもないことをやらされて。言いたいことも満足に言えないまま飲み込まざるを得なくて。 つまらない一生だ、と思う。そこらに幾らでも転がっているような、ありきたりでありふれた人生。ここにいるのが私以外の誰か、であっても大差ない、スポットライトなど浴びることのないモブキャラ。 なんのために生きているのだろう。 もう何十、何百、と自問自答して、その度に答えを得られず、余計に苦しい。 私でなくとも構わない。むしろ私でない方が良いのでは。 そう思って気付いた時
夢幻に舞う夢を見た
「罪を犯しました」 どこまでも無機質だった。抑揚のない声音は、聴いている者の心をひやりとさせた。 彼の顔には微笑みが浮かんでいる。人の良さそうなその表情さえ何故だか恐ろしく、こうして対面していることが酷く危険なことのように思えてくるのだった。 いや実際、彼のしたことを思えば、危険という認識に誤りはなく、危険人物に間違いないのだが、その事実を知らなかったとしてもそう感じていただろうと思うのだ。 気持ち悪いほどにちぐはぐな、印象。 「貴方は、何故」 震えてしまった声に歯噛みする。
健康のため、それからガソリン代節約のため、週に一二度の買い物は徒歩で行っている。主に冷凍食品の調達だが、たまに安売りされたパンやケーキなんかも買ってしまう。 けれど、今月はいろいろと、もう本当にいろいろとあって、くたくたで、休日さえもそんな余力はなく、2週間ほど買い物に行けていなかった。 そんなわけで久しぶりに近所を歩いた、のだが。 そこかしこに花が咲いている! 眠気と闘い、または辛さで泣きそうになりながら車を走らせている通勤時には気付きようもない。 いやそもそも、通勤経