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第4章#02_下山のおばあちゃん家のテーブルで。
豊田市美里、地域のみなさんに愛されてきた地域食堂キッチンLABOは、4年間にわたるさまざまな出会いとチャレンジ、思い出を抱えて、2025年の春にスープタウンの2階フロアにお引越しします。前回に続いて、スープタウンでもお料理隊長となるココットさんに、スープタウンの「おいしい!」の原点を聞いていきましょう。
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スープの宴と重なったので、みんなでケーキふう!!
ココット
――大学時代になりたかった職業はCAだったんですよね。だけど、豊田市という土地柄もあって多くの人がTOYOTA関連の会社に就職しました。父も兄もそうです。私も、大学卒業後はTOYOTAの設計管理部門で頑張っていました。結婚や出産で10年ぐらい職場を離れていたのですが、復帰してまた30人ぐらいのチームを統括していた時期もあったんですよ。特殊な部品を作っていたので、細かく設計図をチェックするなどデスク作業が多かったです。だけど、ある頃から急速にAIが発達して、私たちがやってきたアナログな作業は淘汰されることが目に見えていました。
大手企業だからAIの導入なども一般企業より早かったんですかねえ。
コット
――そうですね。なんだかな~と思っていた時期に、兄の方はデイサービスの店舗も増やしてどんどん手を広げていました。ある時、主人に相談したら、「ここから先は、ちゃんと生身の人間を見ているガスパッチョ兄貴の仕事の方が面白くなるはずだよ」と言われて妙に納得・・・!!当時、兄が、キッチンLABOをオープンさせた頃(2021年3月)だったから、介護はできないけど、お料理でなら役に立てるかもしれないという思いが湧いてきていました。
ふむふむ。でも、まだ合流はしていないんですね。
ココット
――そうです。キッチンLABOがスタートして半年ぐらい経った頃に、スタッフが足りなくなったことを聞いていて、兄に電話しました。で、「もし、私がやりたいといったら雇ってくれる?」って聞いてみたんです。
えー、妹さんが自分の会社で働きたいなんて、絶対うれしいはず。お兄さんの反応はどうでしたか?
ガスパッチョ隊長
――横入りしますが、以前にも妹の方から何回か「働きたい」って言ってきたことがあったんですよね。でも、決心がつかなかったようで、最初はあまり信じていませんでした。だから、その時も「またか~」「嘘つき妹~」という感じで(笑)。スキルはあると思っていましたが、ほんとに来てくれるのか~?という疑問はありましたよ。
ココット
――うーん、まあ、いろんな心の変化があったのは確かです。だけど、覚悟を決めた時から、私の人生も一転。2021年10月、長年勤めた会社を辞めて、その一週間後には、もう、キッチンLABOで働いていましたね。
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コミュニケーションの場づくりをあきらめなかった。
生身の人間に向き合う仕事に就いていかがでしたか?
ココット
――やりがいはあったし、すごく楽しかったんです。当時、キッチンLABOもスタッフ不足だったので、仕事を早く覚えて、兄の仕事をずっと支えてきてくれたローリエ先輩を楽にしてあげなきゃと突っ走っていました。だけど、慣れないことばかりで目に見えないストレスが積み重なって・・・なんと気が付いたら頭に10円ハゲが・・・(笑)。
10円ハゲ・・・!?いっきに張り切りすぎましたね。
ココット
――些細なことで兄とケンカをしてしまったり、お父さんの前で泣いてしまったり。自分自身に病気が見つかって手術をすることになったり。それで、私の病気を持って行ってくれるかように愛犬がお空に行ってしまったりして。精神的にもしんどい時期が続きました。だけど、ありがたいことに身体も心も回復してきたし、ここで辞めるわけにはいかない!という気持ちが勝つようになりました。
そうでしたか・・・。
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素朴でありながら、てまひまを惜しまない
お惣菜類にワクワク。
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時間をかけて丁寧にドリップタイム。
ココット
――だけど、当時からスープタウンは本当に楽しみだったんです。「スープ会議」などでいろんな地域の人に出逢っていくなかで、兄の目指している世界がだんだん理解できるようになってきましたし、私自身もいろんな経験を乗り越えて、スープタウンで叶えたいことが見えてきました。ローリエ先輩やプルメリアちゃんなど、つらい時でもいっしょに笑い飛ばせてたり、支え合える同僚にも恵まれました。
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瀬戸内の島へ、プチ逃避行の旅。
こころと身体を整えて、また、次に向かって・・・。
お料理って、つくる人の想いがもっとも表現されるひとつだと思うのですが、ココットさんにとっての「おいしい」ってどんな味ですか?
ココット
――私の原点は、下山にあるおばあちゃん家のごはんなんですよね~。両親が共働きだったから、夏休みや冬休みはおばあちゃんの家で過ごしていました。まわりにも親戚がたくさん住んでいたから、なにかあるとすぐ集まるし、盆・正月になると大勢でごはんを食べるでしょう。その状況が好きだったんです。ものすごい量のごはんを焚いて、おかずを何種類もつくって、食べた後の大量の洗い物も楽しかったんです。田舎に嫁ぎたかったぐらいです(笑)
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子どもの頃は、夜おそくまでよくおしゃべりしてた。
親戚がたくさんいる場って私は苦手だったんですが、ココットさんは好きだったんですね!おばあちゃんのお料理、どんなものが印象的に残っていますか?
ココット
――煮干しのお味噌汁かなあ。煮干しがそのまま入っていました。それから、たくあんも美味しかったですね。ちなみに、この地域の人たちは、ちょっとした休憩時間に「珈琲とお菓子」とかではなく、「お茶と漬け物」が出てくるんですよ。しかも何種類も!お茶にたくあんを入れて食べるんです。
お茶にたくあん?
ココット
――はい。他の地域ではやらないですかね?わが家では、今でも夕食後などに旦那とずっとお茶とたくあん食べたりしています。止まらんなあ~、っていいながら(笑)。
話はもどりますが、うちの下山のばあちゃんは本当によく働く女性で、家事も畑仕事もよくしていたから、私も遊びにいくたびに、お台所はもちろん、田んぼや畑を手伝っていました。山の水でスイカを冷やして食べたり、そういう里山での経験が私の「おいしい!」の原点にあると思うんですよね。
「おいしい!」って、つくってくれた人のことや、いっしょに食べた人のこと、ひと皿をとりまくさまざまな背景もまざりあった愛しい感情なのかもしれませんね。ココットさんは、お料理を人にふるまうのも好きだと聞いています。「スープ会議」のときのスープ・ブレイクでいただいた一杯もとっても美味しかったんですが、ご自身ではどんな風に料理をお勉強されてきたのですか?
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ココットさん。
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ココットさんやローリエ女史が、スープづくりを担当。
ココット
――お料理は習ったことないです。母とおばあちゃんの味付けを聞いて作ってます。誰かをお料理でもてなすことが大好きなんですよね。夫が硬式野球チームのコーチをしていることもあって、練習終わりに「うちで食べていき!」って毎日のようにハラペコの子どもたちを食べさせたり、試合で炊き出しをやったり。ママ友にお料理を振る舞ったり。娘が今、大学生なんですけど、今も毎週のように「ママの肉じゃがと唐揚げが食べたい」って家に来るんですよ(笑)。
わあ、本当に大量のお料理をされてきたんですね・・・!ココットさんの「おいしい!」の背景には、「大勢で食べるごはん」がありそうですね。そこから、スープタウンでは、どんな「おいしい!」が生まれていくといいと考えていますか?
ココット
――私たちは、スープそのもの味の開発以前に、「スープのさめない距離」というのを話し合ってきました。おばあちゃんが暮らしていた里山では、「漬け物をつけたから食べてみて~」「煮物をつくったからどうぞ」というようなご近所づきあいが当たりまえでしたが、おなじ豊田市でも都市部になると、近すぎる人間関係が得意でない人もいます。スープタウンは、いろんなバックグラウンドで育ってきた人にとって、ちょうどいい温度であり、居心地のよい場であるといいなと考えています。そんな自然体でいられる環境の中で食べるごはんって、やっぱり「おいしい!」になると思います。
ココットさんにとって、「居心地のいい距離」ってどういう感じだと思いますか?
ココット
――そうですねえ。私は、人と人がひとつの目的に向かって同じ方向を向いている感じが好きですね。たとえば、先日、キッチンLABOで、ローゼルやズイキをたくさんもらった時に、70歳近い女性たちが料理法をあれこれ伝授してくれたんですよね。私は、その時間が楽しすぎてずっと聞いていたい気持ちになりました。その時みたいに、ぜんぜん知らない人とでも、ひとつの目的や共通の何かがあれば、居心地のいい距離感になって、また来たいなという思いにつながるのかなと思ってます。
下山のおばあちゃん家で教わってきたようなことを、スープタウンでもやれたらいいな、という感じでしょうか?
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持てているだろう。
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濃厚スープな関係かもね。
ココット
――そうですね。「おいしい!」の原風景はやっぱり、おばあちゃん家のテーブルにありますからね。里山で収穫された野菜など食材ひとつで、いろんな話が膨らむんですよ。おばあちゃんたちはすごい知恵を持っているので、それを私自身がまず吸収したいし、広めたい。同世代のスタッフだけでは絶対にわからなかった里山の知恵がいくらでも出てきますよ。聞いておかないともったいなすぎます!
ステキですね。今の子どもたちって、おばあちゃんと暮らしたことはおろか、歳の離れた世代の人と話すことも少ないでしょうから。
ココット
――どの世代の人にとっても「スープタウンに行けばなんとかなる」という印象がつくといいなと考えています。いつも誰かがいて、話ができて、何か作れるし、何か食べれる。そういう関係性のなかで自分自身が育ってきましたから、そういう場をつくってあげたい。おばあちゃん家のまわりには近くに親戚がたくさん住んでいたし、常に誰かいて賑やかでした。何かあったらすぐに集まって、ご馳走を食べるのが当たりまえだったし。それをしたいんですよね。
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ココットさんの「おいしい!」の原風景には、おばあちゃんの家の台所や、なにかあってもなにもなくても集まってくるたくさんの人たちの笑顔があるようです。世代を問わず、頼ったり、頼られたりする関係がこれから生まれるおいしいスープの源流になっていく予感。
つづく