76. 胸が痛くないのに心筋梗塞?!
ミュージカル好き救急医の独白 vol.76
- The Monologue of a Musical-Loving Emergency Physician -
はじめに
心筋梗塞という病気はみなさん聞いたことがありますよね?危険な胸痛の1つでしたね. 男性では65歳, 女性では75歳前後が発症しやすく, 救急外来でも出会う頻度の高い病気です.
心筋梗塞は一般的に胸が激しく痛くなります. 「なんだか重たい物がドーンと胸に乗っかってきたような感じ」, 「心臓をぐーっと握りしめられている感じ」と訴える, とにかく辛そうで冷や汗をかいているというのが典型的です.
しかし, 何にでも例外はつきものであり, 心筋梗塞であっても痛みをほとんど訴えない方もいるのです. その場合には, 胸が痛いという以外の訴えを認めます. 今回はこの辺りのお話.
今回のミュージカル
レ・ミゼラブル
今まで最も観劇した回数の多いミュージカルです. もはや数えられません. 以前にも書きましたが, レミゼは1997年, 2003年に大きくキャスト入れ替わりました. もちろんその後も素晴らしいキャストの方が演じているのですが, 私にとって今でも明確に記憶に残っている年がこの2つです.
1997年は, ジャン・バルジャン役に山口祐一郎さんが加入し, 赤の鹿賀丈史さん, 青の滝田栄さんとは一味違ったヴァルジャンを演じられました. 仮出獄許可書を破り捨てるあの名曲を山口ver.で観た時はただただ感動したのを覚えています.
2003年は, 初演からバルジャンを演じてきた鹿賀丈史さん, 滝田栄さんが引退し, 山口祐一郎さんに加え, 今井清隆さん, 石井一孝さん, 別所哲也さんが, ジェベール役には, 内野聖陽さん, 岡幸二郎さん, 今拓哉さん, 高嶋政宏さんが加入しました. 他にもたくさん...またいつか語ります. 石井一孝さんといったらマリウス, 岡幸二郎さんといったらアンジョルラスのイメージが強かったため, 「え?本当に?」とキャストが発表されたときに思ったものです.
ってことで, 今回は「え?心筋梗塞なのにこんな症状なの?」的なお話を.
救急外来あるある
84歳女性(ATさん)が, 気持ち悪くて数回嘔吐し, 自宅で休んでいたものの症状が改善しないため救急外来を娘さんと受診しました.
Dr.S:「今日はどうされたのですか?」
Pt.AT:「1時間ぐらい前から気持ち悪くて…」
Dr.S:「お腹は痛くないですか?」
Pt.AT:「気持ち悪いだけです. 吐いて少し楽にはなりましたが…」
Dr.S:「前に同じ様な経験はありますか?」
Pt.AT:「いいえ, 初めてです.」
Dr.S:「1枚心電図をとっておきましょう.」
ATさんの娘:「え?心電図ですか?」
痛みがない心筋梗塞
50歳など比較的若い人であれば, 心筋梗塞の初発症状は胸痛でしょう. しかし, 高齢者ではそうとは限りません. また男性よりも女性の方が痛みを訴えないことが多いとされています.
持病によっても痛みの有無は左右されます. 代表的な病気が糖尿病です. 糖尿病はコントロールの程度にもよるとは思いますが, 痛みを感じづらくなります.
高齢・女性・糖尿病, この3つの因子を持ち合わせている場合には, 痛みがないことも多く, 胸痛がないから心筋梗塞ではない, とは言えないのです.
無痛性心筋梗塞の症状は?
それでは, 痛みがない心筋梗塞の症状はどのようなものでしょうか?
呼吸困難(呼吸が苦しい), 嘔気(気持ち悪い), 嘔吐(ゲーゲー吐いてしまう), 失神(気を失ってしまう), 前失神(気を失いそうになる), 冷や汗をかく(肌をさわるとじとっと嫌な汗をかく)などが代表的です.
救急外来では, これらの症状を説明する他の病気が同定できていればよいのですが, そうでない場合には心筋梗塞も鑑別に挙げ対応するようにしています. 心筋梗塞を疑ったら心電図が最も大切かつすぐに行うことができる検査ですから, 1枚とるわけです.
♪なんてことをしたのだ 俺は迎えてくれたその手に背き
泥棒犬になるとは 怖ろしい闇に響く
この胸の叫び声 また過ちを犯すつもりか♬
『バルジャンの独白』