ある朝の情景
太陽のやさしい光が、ほんのりと身体をあたためてくれる。ジンっと固く力の入ってしまった、身体の中心のしこりのようなものが、やさしい温もりに、ほんのすこし、息を吐いて、力をゆるめていったような気がした。
ざわざわとした心と、かたくなに力んでしまっている身体、そして寝不足でボーッと溶けてしまっている脳みそを抱え、わたしは、ぼんやりしたまま、いつもの喫茶店に足を運んだ。
常連となりつつあるお店で、白髪の店長さんが、「おはようございます」とやさしく声をかけてくれる。目配せで、いつもの席についていいかと問う。あちらも、かるく頷き、目で「どうぞ」と伝えてくれた。
いつものお店の、隅っこのテーブル。
ミルクティーを注文したわたしは、カバンの中から持ってきていた小説を取りだし、テーブルに置く。そして、タバコの入ったポシェットを出すと、ゆっくり、丁寧に、今日はじめてのタバコを巻きはじめた。
フィルターと、ペーパー。そしてタバコの葉。それぞれ並べ、ペーパーにタバコの葉をセットして、指先でスルスルと擦り、形を整える。そこにフィルターを差し込んで、またスルスルと摩り、形を整える。クルッとペーパーをまわし、一本のタバコのかたちに巻いていく。
出来上がったタバコは、先っぽが少しつぶれて不格好だったけれど、全体的には綺麗だった。
ライターでタバコに火をつける。少しだけ口の中に溜めたタバコの煙を、半分くらいだけ、肺に入れる。そして、ゆっくり、ほうっと、息を吐く。白い煙が、ゆらりと目の前に立ち上って、光が透けて、不思議な模様を描きだす。この煙を、ボーッと眺めている時間が好きだ。
そうやって煙を見つめながら、ゆっくりタバコを楽しんでいると、店長さんがミルクティーを持ってきてくれた。お皿に、生姜入りののど飴を添えて。
さっき、わたしが咳をしていたのに気づいてくれたのだろうか。それとも、常連となりつつあるお客様へのプレゼントだったのだろうか。
「ありがとうございます」とわたしは微笑んで会釈した。店長さんも、ふわっと、ほんの少しだけ微笑んで、カウンターへと戻っていった。
テーブルに置いていた本に手を伸ばす。
『西の魔女が死んだ』。
小学生の頃から、人生の節目で何度も読んだ本だった。自分の本棚に迎え入れたのは、今回がはじめてじゃなかろうか。
本のページをめくりながら、主人公であるまいのおばあちゃんの包み込むようなやさしさと温もりが、わたしをも包んでくれているように感じる。いつもあっという間に過ぎる喫茶店での1時間が、今日は、なんだかいつもよりも長く、充実したものに感じた。
はやく、大きくなってほしいと思う。娘がもう少し、漢字を読める年になったら。この本をプレゼントしてあげよう。そのときには「読みたくない」と言うかもしれないけれど。きっと、この本は、彼女の人生をとおして、彼女の心をやさしく温めてくれる灯火となってくれるだろうから。