波の音を聴いていた#5
いつのまにかリィ坊が隣に座っていた。僕が気づくと、黙ったままおにぎりを差し出した。僕も黙って受け取った。
しばらくしてリィ坊が言った。
「おばあがさ、リィ坊のカチャーシーは世界一て言うのさあ」
「だーるか(そうか)」
「今夜のさ、祭りで踊るからよ」
「うん」
僕らはおにぎりを食べた後もしばらくの間そこにいた。
昼下がりにリィ坊に案内されて宿に行った。他の民宿とは違って、やや大きめの、合宿所のような建物だった。
誰もいない薄暗いロビーで「すみません」と大声を出すと、奥から眉の太い、僕と同じ歳ぐらいの男の人が出てきた。
「あい、リィ坊の‥‥‥」
その男の人は僕らを見てつぶやいた。リィ坊がきつい方言でその人に何か話しかけたが、何を言っているのか僕にはわからなかった。
少しのやりとりの後、
「ワーがヤーを連れてきたのはもう島じゅうの人が知ってるさあ」
と、リィ坊が笑って言った。
「じゃあ、ワーはおばあん家に戻るからよ」
「あ、うん。リィ坊、祭りは」
「うん、小学校であるからよ。さっきのビーチに行く手前のさ」
「おう」
部屋は2階で、長い廊下の途中にあった。6畳ほどの、やたらと天井が高い畳敷きの狭い室だった。14インチの小さなテレビをつけた。本島では見たことのない番組だった。祭までまだ時間があった。横になると眠気が襲ってきた。
「おばあがさ、リィ坊のカチャーシーは世界一て」
リィ坊の言葉が想い出された。
リィ坊のカチャーシーは世界一。
リィ坊のカチャーシーは世界一。
リィ坊のカチャーシーは……。
紅い手ぬぐいを軽く頭に巻いたリィ坊が、さざ波のようにしなやかな手つきで、ひらひらと舞うように踊るカチャーシーを想った。美しい姿だった。リィ坊に逢いたくてたまらなくなった。
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