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死を意識すること

それは5時間前に投稿された、23分13秒の動画だった。

駅のホームの黄色い点字ブロックの内側に立つ女の子の足元を写していた。黒い革靴と白い短いソックス、そして細い脚が見える。女子学生のようだ。

女の子は到着した電車に乗り込んで、空いている席に座った。持っていた手さげか何かだろうか。鮮やかな青い生地が、画面に映りこんだ。

女の子はその電車に数分間乗って下車した。あまり人通りのないホームのベンチに、持ち物を置いた。相変わらず手元や足元を写していて、女の子の顔は見えない。

女の子はベンチの上に動画モードの携帯を立てかけた。駅のアナウンスが、快速列車の通過を告げた。

女の子は数歩ホームの端へ歩み寄り、右の方を見ている。そして線路にジャンプした。

ほとんど同時に電車が通過して急停車した。停車した電車の窓が見える。満員ではないけれど、ガラガラでもない社内で、吊革につかまって本を読んでいる男性の姿が見えた。

動画はそのあと約15分間、停車した電車の窓とホームを走る駅員や乗客を写して終わった。

無機質な動画だった

僕はその動画をnoteで見つけた。noteのトップ画面には、フォロー中の作家の最新記事が表示される。「にぃと」という作家がたった今投稿した「僕が彼女を殺した」という記事に、Twitterへのリンクが貼ってあった。

リンクを開くと、minminというアカウントのツイートが表示された。23分の動画が表示され、「多分自殺配信」というコメントが付いている。

SNSには思わせぶりなタイトルで注意を引く動画や記事がたくさんある。僕は夕飯の準備をしながら、どうせクリックベイトだろうと思いながらも、恐いもの見たさでその動画をクリックした。

無機質な動画だと思った。最後まで人の顔は映り込まず、女の子が線路に飛び込む様子と、電車の中で本を読み続ける男性と、ホームを走る人の姿を、ベンチの上から淡々と写していた。

女の子が線路に飛び込んだのは、ほんの一瞬だった。彼女に迷っているそぶりはなかったし、その様子は階段を数段飛び降りるのと大差なかった。たった今、一人の命が終わったんだという大それた実感は起きなかった。

今朝確認してみたら、その動画はツイートごと削除されていた。

死という日常

日本では、毎日約3000人以上の人が死ぬらしい。その多くが老死や病死だろう。自殺する人は90人くらいいるらしい。人が死ぬ瞬間や死体を見る機会がないだけで、死は日常だ。

その一つ一つが誰かにとって悲しい出来事で、それ以外の大多数の人には関係の無いただの数字だ。その一つ一つに心を動かすことができるほど、僕の感情のキャパシティは大きくない。皆そうだろう。

女の子は、どうして自分が死ぬ瞬間を不特定多数の他人に向けて配信したんだろう?

彼女のTwitterアカウントには、23日のライブ後に飛び込むか、25日の朝に飛び込むか、と呟いたツイートが固定されていた。彼女は結局それより前に自殺したわけだ。きっとそのツイートをした後に何かあって、衝動にかられたのだろう。「多分自殺配信」というコメントに、配信を始めた瞬間の心の迷いが表れている。

女の子に何があったのかはわからないが、自殺をすることが良いアイディアに思えるくらい、クソッタレな人生だったんだろう。きっと悩みを相談する相手も、彼女の死を悲しんでくれそうな人もいなかったんだろう。

彼女は、「私という人間がいたんだよ」と自分の存在を証明したかったのかもしれない。自分の存在の証明を、存在を終わらせることでしか証明できなかったのだとしたら、これほど皮肉なことはない。

彼女が死んだ今、本当のところはわからない。

死を意識すること

彼女の自殺配信は、確かに彼女の存在の証明になった。少なくとも動画を見た僕は、minminというアカウントを持つ名前も知らない女の子が日本にいて、昨日線路に飛び込んで死んだんだ、ということを強く意識した。彼女が自殺配信をしなければ、昨日横浜の相鉄線で人身事故があったことすら耳に入らなかっただろう。

彼女の自殺配信によって、多くの人が死を意識したに違いない。自殺そのものを肯定する気はない。誤解を恐れずに言うと、死を意識する機会の少ない日本人にとって、彼女の死は凄く貴重なきっかけを与えたと思う。そういう意味で、彼女の死は意味があったと思う。

僕は凄くいい加減な人間で、未来を予想するなんて大それたことをできる人間ではないのだけど、一つだけ100%確実な未来を予言できる。それは、あなたも私も、いつか死ぬんだということだ。

死の理由は色々あるだろうし、長生きするか明日死ぬかは人それぞれ違うだろう。あれこれ考えてもわからないし、たいした問題ではない。ただ、あなたも私もいつか死ぬんだということだけは、100%間違いがないと言える。

映画やドラマで、自分の死期が近いと知った登場人物が、「どうせ死ぬんだから...」と思い切った行動に出るのを見たことがあるだろう。僕たちの置かれた状況は、そんな物語の登場人物たちと大差ないんだということを知るべきだろう。

あなたも私も、いつか死ぬんだ。

後悔のない人生を、生きたい。


亡くなった女の子の、冥福を祈ります。



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