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副業起業残酷物語

政府も全力後押しをする副業ブーム

新型コロナ蔓延の今も(今だからこそ?)副業始めませんか広告は元気にインターネット空間を走り続ける。起業ブームともあいまって「独立への第一歩は副業でお試し」など、会社員から独立への橋渡しとしても売り込まれているようだ。

だが、トラブルも発生している。

少し前にはなるが、IT企業勤務者が本来は自社で受けるべき案件を副業として個人で受けていた、というトラブルが報道されていた。

ニュースを眺めつつ思い出す事案があったので、ここでご紹介しておく。センシティブな内容も含まれる。書き方は注意を払ったつもりだが、ご気分を悪くされたなら申し訳ないと先に謝っておく。

では始めよう。

場所はそうだな、、、、
新宿ということにしようか。

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◆始まりはいつもタバコ部屋

「やってらんねぇよなぁ」
ここは某大手IT企業の喫煙室。
くだをまくのは体格の良い男性社員。短めの髪を後ろになでつけ、タバコ片手にやんちゃ感があふれる。営業部の主査だ。

「せっかくいい案件だったのに」
同調するは同じくタバコ片手の2年目社員。ひょろっとした体格に細身のスーツが似合う。彼はやんちゃ主査の下で同じく営業を担当。

「まぁでも、御社が受ける規模じゃないですよ」
苦笑いをしているのは、パートナー会社のSE。どことなく品の良さがにじみ出る。

うちでも同じような話ありますよ。せっかく営業して取ったのに、規模感があわなくて失注。

.
「じゃあさ、俺らで受けちゃう?」
やんちゃが囁く。
え?と戸惑うSE、お!いいっすね!と同調するひょろ社員。

「いいっていいって、副業ってことでさ。」

不安そうなSEを巻き込み、話が盛り上がっていくーー。


ーーー

読者諸君、ここまで読んでどうだろうか?
よく聞く類の話だ、とお思いか?

とはいえ、ここから実行に移す者は少ない。殆どの会社員は副業で本業の仕事を受けられるほどスキルが高くないし、そんな決断力も持ち合わせていないからだ。

だがこの3人は違った。

実行に移せるだけの能力を持っていた。
決断するだけの動機もスキームもあった。

そう、不幸なことにーー。

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◆社長の誕生

「社長就任、おめでとう!」

夜景が広がる新宿南口の薄暗いバーでやんちゃとSEがシャンパンを傾ける。

「いやー、ありがとうございます!」

照れ笑いを隠さず祝福を受けるのはひょろだ。

やんちゃが提案した「会社案件横流し」は、速やかに実行された。個人で受けるわけにはいかないだろうと会社が設立され、ひょろが社長に就任した。

「俺たちは家族がいるからさ」
「若いっていいよな、羨ましいよ」

やんちゃとSEからの言葉をうけ、”リスクをとれるのは独身の醍醐味”ってこういうことか、と納得するひょろ社長。新卒で入った会社はいわゆる大手だったが未練はない。そもそも、典型的なサラリーマン生活を送り会社に依存しきった先輩社員たちにはうんざりしていたのだ。

誰かが言ってたな、30歳までにリスクをとるべきだって。俺の人生まさにその通りじゃん?20代前半で社長就任、順調すぎてにやけが止まらない。

やんちゃとSEが案件を横流し、
自分は中抜きだけして
開発はオフショア。

完璧なスキームだ。

「お二人のおかげです。」

深々と頭を下げた。

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◆肩書は麻薬のように

何かが狂いだすのに、そう時間はかからなかった。

「なんだよこの金額、、、」

送られてきた領収書に眉をしかめる。

やんちゃのものだ。
オフショアの相談に香港に行くと言っていたが、、、
よく考えるとオフショアで香港とはどういうことだ?宿泊していたのは5つ星ホテル。元の大手勤務時代でもこんな豪華な出張はなかった。

「衣装代?」
飲食代もすごいが、衣装代も多い。一体何をしているのか。

とはいえ、仕事をとってくるのもオフショア開発の交渉も彼にお任せだ。

「強くは言えないな、、、」

経理に処理を伝える


彼らへの支払いは、税務署にばれないように手渡しだ。
高めに設定した社長報酬から、ポケットマネー的に持ち出す。差し引き後の社長報酬は、企業勤務時の収入とほぼ変わらない。

だが、ひょろ社長は満足だった。

“代表取締役社長”と書かれた名刺を相手に渡す時のむず痒い高揚感。それは麻薬のように彼の脳内を冒していた。


社長仲間もできた。
週末は銀座、六本木で飲み歩く。

「社長って意外ともてないんだよね、やっぱ大手勤務時代の方が~」と語り「いやいや何言ってるんですか!」とよいしょされるまでがテンプレ。心地よさに酔いしれる。

スーツも変えた。
靴も時計も上質に。
家は港区の1LDKへ。

当然のことながら経費がかさみ、借り入れ額は増えていく。まさに自転車操業状態。今月も社員の給料を支払えるのだろうか。焦りで心がひりひりとする、なんか社長って感じだな。

って、あれ?俺こんな生活したかったんだっけ?

そして今日も飲み歩く。
今日もよいしょされる。
その瞬間だけは、社長就任の選択は間違っていなかったと、俺の人生は勝ち組だと、そう思えるからだ。

早朝に六本木でゲロ吐きながら東京タワーを見上げる。


あぁ、IT社長って感じだ。

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◆綻びる

やんちゃの散財ぶりはますますエスカレートしていった。SEも影響されたのか少しづつグレーな出費が増えている。愛妻家だった気がするが、どうやら派手に遊んでいるらしい。

知ったこっちゃない、経理にうまくやらせよう。


などといった戯言を許すほど、
税務署は甘くなかった。


豪遊する”普通の会社員やんちゃ&SE”はいとも簡単に目をつけられ、徹底的な調査により脱税はばれた。同時に、やんちゃ&SEの勤務先にも案件横流しの事実が知られることとなる。当然、家族にもだ。


”完璧なスキーム”は一瞬にして崩壊した。


オフィスは即解約。
引っ越しもした。友達からの視線が気になり、あまりに安いエリアには引っ越せなかった。港区の騒がしさが嫌になってね、郊外の閑静な住宅街に引っ越したよ、そう言いたかった。

だが、虚勢を張ろうと現実は変わらない。
収入が途絶え残されたのは借入のみ。
やんちゃとSEにも返済を負担してもらうべきだと思ったが、

「今までさんざんいい思いしてきただろ?」

の一言に返すことはできなかった。

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◆呵責

「とにかく、稼がないと」

知り合いの会社に誘われもした、面接も受けてみた、それでも代表取締役という肩書にしがみつきたい自分がいた。だって嫌じゃないか、せっかく大手企業出身なのに、なんでスタートアップの社員なんだよーー。

仕事発注サイトに登録しまくる。やっているのはフリーターと呼ばれる方々と同じことだ。でもやるしかない、借金を返し続けるしかないのだ。


「よ、元気にしてるか?」

やんちゃからの電話だ。

「俺、バンコクに行くわ」

いやいや移住じゃないよ、会社にこっぴどく怒られてさ、、、解雇はされないけど左遷だってよ。安月給で現地の地味な仕事でもしろって。家族からは単身赴任しろって言われるしよ、マジやってらんねぇ。

その割にはどこか楽しそうなやんちゃの声。

「落ち着いたら遊びにきてくれ」

まぁお前もがんばれよ!
どこか小馬鹿にしたような響きだけを残し電話が切れる。

スマホを持ったまま、机を見つめる。


息が苦しい。

あぁ、黒いネクタイのせいだ。そうだ、早く着替えないと、、、シャワーも浴びよう、気分を切り替えて、、、


黒いスーツを脱ぐ。

何の意味もなかったスーツだ。最後の挨拶さえさせてもらえなかった。


げほっ、、、うえっ、、、、

シャワーを浴びながら息が詰まる。

ガラスに映る自分を見る。


「ひでえ顔」


やんちゃは日本を去る。

SEはこの世界を去ってしまった。

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◆善良であれ

話はここまでだ。


この話は副業や起業を批判するものではない。むしろ私自身は推奨したいくらいだし、リスクを取り失敗を許容するのは良いことだと思う。

だが企業勤めと起業家で決定的に違うことがある。

企業勤めは、失敗してもせいぜい性格の悪い同僚に馬鹿にされ、左遷され、減給されるくらいだ。居酒屋で慰めてくれる人がいるかもしれない、叱咤激励してくれる上司がいるかもしれない、ガバナンスの効いた組織で人は牙をむかないのだ。

起業家を取り巻く環境は違う。

失敗し、動揺すれば付け入られる。
むしれるだけむしり取られる。
若くして背負ったリスクは、若くして人生を蝕むことになる。

そこに情けはない。


ひょろは立ち止まるタイミングを逃し、過去の自分に引き摺られ、未来を描けなかった。端的に言えば時間と信用の両方を一気に失ったのだ。過去の人的ネットワークは崩壊し、返済のために短期的な仕事を受けざるを得ず、スキルを高めることができない。典型的なワーキングプアへの転落だ。


悪いのはやんちゃじゃないか!って?

それは意味のない主張だ。

あなたが思っている以上に、この世界には悪い奴らがいる。犯罪を犯し警察に捕まるタイプだけが悪い奴らじゃないんだ。どこの会社にもいる、ちょっと倫理観がずれた、それでいて社交的で人当りもよく、仕事もできたり。

悪い奴らは捕まらない。

悪い奴らは反省しない。

悪い奴らに、人として、ふつうは、社会的に、なんて言葉は通用しない。


ではどうすればいよいのか。


単純な話だ。

あなたが善良な市民なら、
良心の呵責を感じることに、手を出してはいけない。
違和感を感じた仕事に、手を出してはいけない。

ちょっとぐらい?
いやだめだ。

悪いことはちょっとで許してくれない。
その世界での競争は、一つだけ。


君はどこまで悪くなれる?


悪い世界では、より悪くなれたやつが勝つのだ。


リスクを取ることと倫理的規範を犯すことは決定的に違う。健全なリスクテイクに人は手を差し伸べ、未来の自分は手を広げる。不健全な意思決定はあなたを沼に引き摺り込み、過去の自分は足枷となる。沼の底へ、深く潜れた者だけが勝てる世界に足を踏み入れてしまう。



もう一度聞く。

君はどこまで悪くなれる?


なれないなら戻ってきなさい。

戻れるうちに。

あなたに戻る場所があるうちに。

(完)


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戦略コンサルタント@ヒルズ勤務
サポートは全て執筆中のコーヒーとおやつ代にあてられます。少しでも気に入ってくださった方、執筆者に続編に向けたエネルギーを与えてやってください。