第1話 インドという国で <0412改>
モスクの祈りの声。
僕はベットの上に正座になり、顔を枕に埋めて叫んだ。
「ああああ!」
なんだってこんなに騒がしいのだ。ベットの枕元に置いた腕時計を見ると4時半だった。まだ夜も開けてない時間に毎朝毎朝祈りの声が響き僕にとってはちょっとした呪いだ。ちょっとのことでは動じない、動じなくなってしまった性格で、ある程度の常識を兼ね備えていると自分のことを思ってきたがこれにはまいった。
時折宗教観の違いで暴動にまで発展するというヒンドゥー教の人間もよくこれに我慢できるものだ。いくらイスラム教徒が多い地域だとはいえ、ヒンドゥー教の人間が大多数のこの国で。
僕は頭をぐしゃぐしゃっとし、洗面台に顔を洗いにいった。
メガネを置き蛇口を回したが水が出ない。
「またかよ!」
しばらく水道を見つめてイラつく自分に嫌気がさし、鏡を見つめる。
シルクのパジャマに身を包んだ一方で情けない顔の自分が映る。部屋着であっても普段からいい物に身を包み、いけている感じを持ったほうがいいと本で読んで購入したものだった。ビジネスマンとしてもう少し進化できるかと思って今回の出張に際し購入したが全くいけていない。髪がぼさっとした起き抜けの顔がさらに情けなさを醸し出す。
落ち着こう。僕らしくない。
インドに来てから1日1度は水道と電気が止まる。
下手すると5回くらい止まったりもする。
シャワーからお湯が出ないのはデフォルトだ。お湯どころか、土の混ざった水が出てきた初日は驚いたがもう驚かない。
自分が意図しないことに振り回されるのはごめんだ。
対応はできる。大丈夫だ。
そう思いながらもインドに来てから正直、自分ではどうにもならないライフラインのことなどで振り回されっぱなしだった。
飄々としながらも与えられた仕事をプラスαでこなしていくという周りの評価を密かに僕は気に入っていたし、確かにそれは僕の性格の一面でそういったキャラクターが決まっている方が過ごしやすかった。しかし同時にそんな自分でずっといることに疲れるのも本当で、今までコンタクトとメガネで自分の中のオンオフを切り分けてきた。だが水が出ないせいでそれさえもできない。僕は静かに髪の毛をとかし、メガネと一緒に洗面台の横に置いていたレンズクリーナーでメガネを拭きながら部屋に戻った。
部屋は自分の部屋と同じに配置していて少し落ち着けた。ベットの枕元にはスマホ、机の上には手帳とパソコン、筆記用具や充電器をきれいにまとめたケースを置いている。それを見ながら普段の平穏を取り戻そうと深く息を吐き机の前に座る。スーツケースからウェットティッシュをとり出し、顔をふきパソコンを開くとメールが1件受信となった。
ようやく先方から返信が来たようだ。
取引相手であるルドラ氏のメールは実際に会った時同様、ただ端的にアポイントについて問題ないと記載されていた。
それでもまだ返信があって良かった。
これで何もこなかったら正直どうしようかと思っていたが・・。
「どうしますかねえ。」
スーツケースを全開にし綺麗に並べられたパンと飲み物を端から1つずつ取り出す。
大量に持ってきたウェットティッシュと水も少し減ってきている。さっさと終わらせなくては。
僕はパンを口に頬張り水で流し込んだ。
スーツに身を包みホテルのロビーに降りていくとガネッシュが待っていた。
「Good Morning, Sir.今日はIndia Global CompanyでOKですか?」
「うん。」
インド専門の旅行会社一押しの彼は、ヒンドゥー教徒だという。
ガネッシュはインド人特有のフレンドリーさはあるものの非常に礼儀正しく、総務の和美に旅行会社を教えてもらってよかったと思った1つだった。
車に乗り込むと相変わらず清潔に保たれ、朝だからか少しお香の様な香りがした。しかし彼と同様、主張しすぎず居心地がいい。この清潔感のあるタクシーも僕にとってはよかったと思える一つだ。
正直覚悟していたものの、インドに到着してから街の汚さに頭痛がするほどくらっとした。空港から車まで案内される道中、汚めのタクシーが並んでいるのを見てこのまま引き返して帰ろうかと思ったくらいで、彼のタクシーを見てようやく何とか思いとどまれたのである。
コルカタの町に出ると綺麗なホテルとタクシーとは対照的に人力車とトゥクトゥクや人が関係なく入り混じり、中にはけたたましくクラクションを鳴らしながら走る車もある。
ガネッシュのタクシーと同じく綺麗な車も見られる一方で、その奥に見える店の片隅には片足のない老人が立って物乞いをしている。初めこそ驚いたが、こんな光景があちこちに見られるのがインドという国だった。
砂埃があたりを黄色くしているせいなのか、自分が車の中から見ているからなのか、現実感がなく不衛生さよりも自分の中で何かが疼くのを感じる。
なにが僕と違うのだろう。
ガネッシュはそういう老人を見ても宗教観の違いだろうか、そういうものだという。本人たちもそれを受け入れているはずだと。
僕だったらカースト制度という人間が作り出した宗教が決めたきまりを運命と受け入れられるのだろうか。
運命?
ここで生まれたことが?
その家に生まれたことが?
抗うことさえ許されない運命などあるのだろうか。
インドについてから数日、カルチャーショックという簡単な言葉ではどこか片付けられない自分がいた。
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読んでいただいてありがとうございます。
NewsPicks主催NewSchool大友啓史×佐渡島庸平ビジネスストーリーメイキング半年間で作成した小説を書籍化に向けてみなさんの感想を頂ければと思います(適時直していく予定です)
よろしくお願いいたします。
書籍化に向けたお話についてはこちらをご覧ください。
小説を世に出すまでの記録 旧:半年で人はどこまで成長できるか
https://note.com/sorayuki264/m/md67bae4a8fc5
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