会社に行けない私と○○に行けない子ども
この記事は読書感想文である。あえて何の本の感想文かは書かない。
けれど今をときめく話題の本と言われれば、よく本屋に立ち寄る方はすぐに気づくだろう。それでいてこの記事のタイトル。
なぜ敢えて○○と伏字にしたかといえば、書いてしまえば本のタイトルも察しがついてしまうだろうと感じたからだ。どうして読書感想文なのに書かないかと言われたら、それは書いてしまったら先入観が生まれるからで、できれば自由にどんな本か想像してほしいと感じたからだ。
私がこの本に抱いた感想は、始まりと終わりの美しさ、だった。
可笑しな感想かもしれないが、私はただ、この本の冒頭のプロローグと、最後のエピローグのつながりが美しく、涙が出るほど心が震えたということを言いたかった。
小説というものは、始まりと終わりが大事だとよく言われる。それはもしかすると人生というものにも当てはまるかもしれない。
どんなに辛いことがあっても、最後死ぬときに笑顔で死にたいと思うのが、おそらく"普通"だろうと思う。ただそれでも、現実では自殺してしまう子どもも多くいる。私はそれを、あまり悪く思いたくないし、それも選択の一種だと感じる。
ただ少なくとも、この本の作者さんは、生きてほしいのだと願っていることが、痛いほど伝わってきた。
私も、生きてほしいと思う。たぶん、大人になると少し分かるかもしれない。
世界は大人に対してはそこそこに冷たいと感じるけれど、子どもに対しては案外優しかったような気がするし、今は作中に出てくるフリースクールのようなところも増えた。
学校に通えなくとも、手を差し伸べる人が増えた。私は会社にすらいけないし行ける会社も自ら失ったけれど、それでも私自身、手を差し伸べてくれる人たちは確かにいるし、それは親だけではない。
私は一人ではない、そういう場所が私にもある。
この本の最初のプロローグで書かれている言葉から私はとても惹かれていた。その文章には、人を引き込む力があるように感じた。
それは突然クラスに転入生がやってきて、その子は自分と既に知り合っている、というもの。その子は自分に特に優れたものがなくとも、他の子よりも自分を優先してくれる、明るくて、優しくて、ヒーローのような素敵な子。
そんなことはありえないのに、そんな夢を見てしまう、といった内容のモノローグ、主人公の"独白"である。
私はそのモノローグが、自分が学生時代に考えたようなことに似ていると感じた。だからだろうか。私はこのモノローグを読んだときから、この本は私の好きな本だと直感的に感じていた。
もちろん、作家というものは初めに読者を引き込まないといけないものであり、魅力的な文面を書くのは当たり前かもしれないが、やはり波長が合うかどうかというものも、私は大事だと感じる。
私がこの本を読んだのは、人気でありSNS上でも多くの人が勧めていたものだからであるが、それでも自分に合わなければ、これだけの分厚い長編を読むことはできなかっただろう。
誰もが学生時代抱えていたであろう葛藤を、臆さずに書いてくれている。
自分が当時"普通の子"のように馴染めなかった学生生活を思うと虚しくもあるが、生きていればあの学校という場所が、いかに狭い所だったかがわかるようになる。
学校に行っていなかったからといって、追いつけないほど勉強ができなくなるということもない、と私は思うが、それは当時の私には思いつかない考えだったろうと思う。
私は学校に行かないという選択すら思いつかないほど学校に行くということにある種の洗脳をされていたし、一度でもサボればもう戻ってこれないと思っていた。だから陰口を言われても孤立しても、学校に行き続けていた。
社会人になった今、私はこの小説に出てくる『七人の子どもたち』のような状況に陥っている。
『会社』というものは、この七人のように、行きたくともいけない場所になってしまった。それは私がすでにやめているからであり、もう戻る場所がどこにもないからだ。
けれど探すことはできるし、一緒に探してくれる人もいる。私は現在発達障害と診断されているが、今も精神障害を抱えた仲間たちが通う就労移行支援施設で、サポートを受けることができている。
大人になっても、子どもたちと同じように、助けを求めれば誰かしらが助けてくれる。ただし福祉施設や制度は、調べなければわからないところばかりだ。
誰かが見つけてくれる場合もあるが、私の場合は自分でネットの海から探し出した。助けを求める執念が、生きる道を指し示すのだ。
私は会社を辞めたころ、あまり周りに相談しなかった。止められるのが怖かった。けれど、私はもっと会社の人たちと話すべきだった。閉じた世界で自分は不幸と決めつけ、会社のせいで不幸にされていると思い込んでいたのだ。
今の私はそれを理解していると思う。今もし、いっそ学生時代まで戻れたら、もっと別の道を歩めたとも思う。
もっと早くこの小説に出会えていれば、誰かにもっと頼ることができたかもしれないし、もう少し自分に自信が持てたかもしれない。
普通という言葉に囚われず、この小説の中に出てくる子たちのように、自分を助けてくれる存在に出会えていれば、もっと早く気づけていたかもしれない。
救いを求めれば、助けてくれる人はきっといるのだと、この本で感じてくれたら一番嬉しいことだと思う。綺麗ごとかもしれないけれど、外に目を向ければ、誰かしらが救ってくれるかもしれないのだ。
小説だから良くできていると思うかもしれないけれど、私はこのすべてのセリフや設定に意味がある、"よくできた"物語というものが、昔から大好きなのだ。
🐺
大人になってから、真剣に小説を読むのは久しぶりでした。
『かがみの孤城』の作者、辻村深月様に敬意を表して、この感想文を贈ります。
ありがとうございました。
もし興味を持たれたら、ぜひ書店に寄ってみてください。きっと平積みで置かれているでしょう。本を開けば、『物語』はいつでもそこにありますから。