「これが地球のエメラルドグリーン」
昨年9月下旬、長野県木曽郡大桑村の阿寺渓谷を歩いてきました。全ての道は次なる物語へと続く――はずだけれども、いざ足を踏み入れると、もう、なんだっていい。今、ここに居る自分。それだけが全て。
さあ、呑み込まれに行こうか
最寄り駅に着いたのが午前8時半くらい。昨日の雨模様が嘘のような晴天。朝から暑い、夏の名残りどころか太陽が眩しい。嫌いじゃない。
駅から渓谷の入口まで歩いて20分ほど。道は民家の合間を縫って歩くようでやや分かりにくい。地図を印刷して来て良かったと思う。山歩きに地図は必須です。自分はアナログとデジタルを両立させていくスタイルです。
それにしても暑い。嫌いじゃない。やる気に満ちたいち、腕時計を確認。
渓谷の入口には案内看板があります。今日は最寄りのJR「野尻」駅からひたすら歩いて、写真の看板ですと現在地から阿寺渓谷キャンプ場までを往復散策します。ちなみに、山歩きといっても、この阿寺渓谷は、車が通れる舗装道路が上まで整備されています。対向車と道を譲り合うほど細い箇所もありますが、車を止めて渓谷を眺められる場所は多く、ほとんどの散策者は車でお越しでした。
私は歩きたい。そして隙あらば可能な限り渓谷へ近付きたい人です。空が見える、木が見える。両手を伸ばして深呼吸。うん、実にいい山だ。
偉大なるお山に、一礼。おじゃまします。
「阿寺川はどんなに雨が降っても濁らない」と言われているそうです。前夜の雨で渓流の濁りを若干心配していた私、杞憂でした。看板に偽りなし。
それでは、余計な話はこの位にして、しばらく地球の色をお楽しみ下さい。
山の中は涼しく、水流が絶えず耳へ届けられる。阿寺の風が暑さを払う度、渓流へは静かに、秋の気配が揺蕩う。瞳に優しく、心地よい。こちらの五感へじわりじわりと浸透していくお山の息遣い――
これみんな、自然の仕業。
加工など一切していない。ありのままの色で、ありのままの景色をお届けしています。
ここでしばし舗装道を離れて山の中を歩く。
これが一人山歩きデビューのわたくし、道の見分けがつきません。一歩ずつ、慎重に、一つずつ、慣れていこう。
自然ありきとは言え、共存の世界です。人を守り育て、人が守り育てる場所。背があと20センチ高ければ、自分も林業の世界に飛び込んでいたかも知れません。
この渓谷一番の深淵「牛ヶ淵」
下へ降りる道を見つけられず上から撮影。
随分と登って来たようです。空が心なしか近くなった気がします。
そうかと思えば欄干の上でこんなちっこいのに出くわしました。これも同じ地球の民です。おそらく、地衣類。我が冒険の師匠にも写真で報告。
午後1時頃阿寺渓谷キャンプ場前へ到着。この先にも名所はあるが、片道で大分散策を楽しんだ。引き返さないと予定の電車に乗り遅れてもいけない。という訳で、この近くで腹ごしらえの休憩をとり、来た道を、また歩く。
ヘリの音がやたらする、まさか要救助者か?!と周囲を警戒すると・・・
材木運んではった。ヘリコプターで何往復も。一日にこれで何本運ぶのか知らないが、凄い技術と作業だ。
と、上空に目を奪われている間にも、渓流は続く。同じ道でも向きを変えると違った景色が見えてくる。
これが地球のエメラルドグリーンだ。
駅を基点に歩いて、往復大体16.4㎞。渓谷を抜け出た途端、残暑が我が身を襲う。太陽光と、足元の照り返し。アスファルトは灼けて、熱気は午後のピークを迎えていた。今日一番の難所が駅までの道のりに待ち受けていたとはと思いつつ、くたくたの足をどうにか動かす。体がひたすら水分を欲する。トイレにも行きたい。駅にある。山登りするにあたってトイレが何処にあるかはかなり重要だ。毎回必ずチェックだ。
のぼせた。
汗だくで辿り着いた野尻駅。下りはスピードが速かったため、電車到着まで1時間以上あった。水筒のお茶を空っぽにして自販機でジュースを買ってごくごく飲む。不二家のレモンスカッシュが染み渡った。空っぽの水筒へお茶を補充しなくちゃと思いつきお茶も買い足す。
無人駅の小さな待合でリュックからいそいそと取り出したのは、一枚の葉書、それとボールペン。今日見た景色の感動を、現地から届けたい。そう思ってリュックへ忍ばせて来たのだ。郵便ポストは駅で見つけた。
さて、この心の感動をどんなふうに届けよう。一緒に行こうって言えないから、代わりに文字で届けるんだ――電車迄まだ当分時間がある。じっくり思い出そう、今日の冒険を。
私の脳裏に鮮やかなエメラルドグリーンがよみがえった。
おわり
文と写真・いち