「抜群の体力」
一人登山デビューして、一年以上が経った。まだまだ初心者だ。なにしろ積んだ経験も一年と数か月分なのだ。ただ、語り尽くせぬ程に、楽しい。
そんな、何なら生涯初心者の心構えで登ったらよかろうと常々自分に言い聞かせている私であるが、この冬、雪山デビューした。
結局
「雪山には行きません、一人だから、危ないんで」
と、如何にも潔くきっぱりと人へ言い続けて来た自分はワンシーズンだけ。二度目の冬を迎えて、好奇心旺盛な自分にしれっと蹴散らされてしまった。仕方がなかったのだ・・・冬が来れば山の上には雪が降る。雪が降ると雪山を楽しむ人々の山行記録も日々幾らでも上がってゆく。私は昨年それを、画面越しに只々羨ましく読んだ。だが、年中山へ登る人間である。冬が来た、雪が降ったからハイ我慢。なんて大人しくできる筈がないのだ。
※注意・冬にも雪が降らないお山はあります。前シーズンはそちら等登って過ごしました。
雪山デビューにあたって自分に問うたのは次の3点
1・雪が降って景色の一変している登山ルートを自分で確認して登れるか
2・冬山の装備はそれ以外の季節とは違う。さらなる重装備。道具をそろえる費用も必要
3・その装備を背負い、いっそう歩きづらい雪道を歩くだけの体力があるか
まず1・・・その為に同じ山へ何度も登っておいた。ここなら登れるというお山と登山ルートに出会えた幸運。
次に2・・・これが実は一番のネックだった。冬用の装備品はお高いものが多い。あまりに出費が嵩むのはなぁと思っていた。しかし、積んだ経験と山の先輩方の山行記録をもとに自分に必要と思われる装備品を再度調べると、私のお財布でも手が届くものを見つけた。これなら登れるんちゃうか?と根拠のない自信を持つ。
最後に3・・・いけるやろ。なんでかしらんけどめっちゃ元気やねん。くたくたのへとへとになる迄体力使って山登ってる方がずっと元気やねん。
とこれも根拠のない自信を持つ。いや待て。根拠なら、根拠と言えるほど立派なものではないけれど、毎日体幹トレーニングを欠かさず、通勤だけでなく隙あらば歩き、階段を好んで使い、よく食べよく眠り、常に山へ行くことを真摯に考えている。仕事中だって真面目に山へ登る事を考えている。
うん、行けない理由がないな。
という訳で、とうとう我慢出来なくなって冬山へ意気揚々と出立したのが昨年の十二月下旬でした。私が冬山へ向けて用意したのは
・チェーンスパイク
・体力
・カイロ
・予備のカイロ
・ネックウォーマー(もらいもの冬は毎日重宝しとります)
つまりお値段お安めのチェーンスパイクを買ったのみです。冬山は足元が雪で見えない、雪の深さなど確認しながら登る為にもストックは必須だろうと思うのですが、わたくし相も変わらずストックを使わず登山しております。慣れない道具は身の危険。と結局まだ使ったことがありません。己の手と、足で、登ります。決してお勧めできません。今更ですがこれはただの一人語りであって登山の指南書ではございません。決して参考に等なされないで下さい。
チェーンスパイク と言われても何のことと思われるでしょうから写真を一枚。
この厳つくてかっこええチェーンスパイクを登山リュックに詰めて向かったのは鈴鹿山脈・御在所岳・標高1,212m
前述で何度も通って登山道のわかりやすいルートと申しましたが、ここはこの時3回目、ルート選びに至っては2回目でした。人気のお山でルートは幾通りもございます。私は必ず駅から登山ですので、その内で通えるルートは限られてしまいますが、「裏道→中道」がお気に入りでして、今回もそのルートを選びました。
雪山初挑戦の私。山頂へ近付くにつれ雪は当然深くなります。自分の装備ではこれ以上は危険と思えばいつでも撤退を決断する勇気が必要です。「勇気」それもちゃんと持参しました。更にこのお山、麓から山頂へゴンドラが走っております。運行しない日もありますが、万が一下山の体力が残っていない等という事態に陥った場合、ゴンドラの力を借りて一気に下山することが可能です。更に更に、このお山の山頂は観光地。トイレやレストランもありますし、冬期はスキー場がオープンします。平日でもちょっと賑やか。
人気がないところで滑落などしては元も子もないのですが、登山中全く誰にも会わないお山より、多少は安全策のつもりです。
登山において重要なのが、事前準備かなと思います。あらゆる事態にどれだけ備えられるか。万が一の時どれだけ対応できるか。一にも二にも情報収集です。当日の朝まで現地と山の天気をチェックして、登山可能か調べます。昨年の12月下旬はまだ積雪が少なく、雪山初心者の私には、チェーンスパイクデビューにもってこいの環境といえました。
案の定、入山して暫くはいつも通りの登山道が続きます。標高が上がるにつれ、周りの景色や足元に雪の薄化粧がはじまって、場所によっては既に踏み固められた雪混じりに。いつチェーンスパイクをつけようか、チェーンスパイクの練習の為に来たのだから、できるだけ早く装着して歩いてみたいが・・と思いつつ、二つ目の山小屋を越えました。そこから景色は一変。ごつごつの岩場に雪が積もっています。まだ十分ではありませんが私が練習するには十分です。前夜に自室で一度試着したチェーンスパイク、ここで遂に登山デビューを果たしました。
おおー!!歩きやすい!!
感動しました。雪の少ない岩場でも、爪がしっかり掛かってくれるのでとても歩きやすいのです。これは良いと、一歩ずつ上を目指します。風がとても弱い予報でしたので今日を選んだのですが、それでも吹きさらしのような場所へ出ると時折ヒューと強めの風が吹きます。やはり冷たい。季節の変わったのを実感します。
気温が少し高めであった為、反対に積もった雪が解けてしまって泥濘があります。落ち葉と泥と雪。そのぐちゃぐちゃはチェーンスパイクでは歩きにくい。爪に挟まって、しばしば足が重くなります。コンコンと岩などへぶつけて落としながら歩きます。そうかと思えばズボッと足の埋まる雪道もあります。手を使わねば登れない岩場もあります。雪があっても関係ありません。手袋の手ですが、私のは夏場と同じ作業用の安い手袋へ防水スプレーを吹き付けたもの、使う内に水分が浸透してきます。やはり早々に濡れてしまいました。外気温は冬ですが、動き続けている自分は早くから汗だくです。しかしこの汗を冷やすと危険。汗をかかないように、しかし体を温めて歩くというのは、中々難しい。
なんて色々考えながら登っていると、私の後方にちらちら人影が。いつの間にか後ろから登ってくる人がいます。今日は御一人分だけ自分と同じルートを先行されている足跡が、トレースと呼んだりしますが、トレースがあったので、その方の足運びを参考に登っておりました。一緒に動物の足跡もあったので、二つの距離感が先行者の相棒の犬のような、しかし蹄にも見えるような、ひょっとして一人と一匹のイノシシの足跡を参考に登っているかなと思っておりました。
私より後方の方、私が振り返る度に距離が詰まっています。これはきっと、また山の達人だ。人が少ない平日を狙って来たものの、前後に登山者がいるのは安心でありがたい・・・等と思いました。しかし後方の方が近付くにつれ、その服装に驚きます。防寒着なし、トレーナー?帽子は冬の風で飛ばされないかぶる系のものですが、足元は・・長靴だ!ありなんですか?そう云えば長靴は万能ですが、それで山頂まで行けるんですか?!と。
しかしその足で後方の方あっという間に追いつかれました。なんでもないふうで、挨拶を交わすと、無論私は追い越されます。しかし、姿が完全には消えません。またしても、です。暫く登って、今度は私が追いつきました。休憩しておられ、久々に登ったからしんどいですわ~なんて仰られるので、そうなんですか~と私も返し、休んでおられるので再び私が先行します。
これはどうもーー私が気にしないで良いように、さりげないふうを装っておられますが、私には、先ほど通過した山小屋の方と思えて仕方がありません。私はチェーンスパイクを履きはしましたが、夏場と同じただのキャップ帽にまだ眩しくなかったのでサングラスを載せ、耳は丸出し。手を使わない場面では手袋もしていませんでした。ズボンの裾から雪が入らないようにする装備ゲイターもつけていません。雪山で必須だろうと思いながらストックも持っていないのです。
達人の目から見れば、雪山初心者一目瞭然であったと思うのです。他にもっと心配になるような理由があったのか、それを確かめる術はありませんが、その身のこなし、決して干渉はなされないけれどつかず離れず私の登山を見守って下さっているような距離感、私には山で暮らして山に慣れている人にしか見えませんでした。
再度先行していた私ですが、登山スピードが違うので、私のチェーンスパイクが岩場に挟まったところで再び追いつかれ、先に行って頂く事になりました。それからしばらく私が後ろ姿を追いかける形で登っていましたが、やはりその方、休憩なさいます。初めての雪山でそろそろ息が上がっていた私は登山スピードがやや落ちていました。時に深呼吸しながら焦らず足を運び、休んでおられる、いえ、私には私が追い付くのを待って下さっている山の達人の居る場所へ、ふうと息を吐きながら追いついた私。思わず道の先を見上げます。まだまだ序の口山の中、木々の中、雪の中。空気はとことん澄んでいます。行き先を見上げて立ち止まってしまった私に声が掛かりました。
「頑張って」
「はあ~い」
思わずそんな頼りない返事をしてしまいました。それと同時に、ああ、やっぱりこの人私の何かが気になって心配で登って来られたんだな、そしてここでおそらく下山、引き返されるんだな。と思いました。それはつまりこの子は多分行けるだろう、頑張って行って来なさいと、判断して下さったんだろうと受け取れもします。暑いし冷たいしちょっと疲れたし先はまだ長いしぃぃと思っている私ですが、登れないとは思いませんでした。いつでも引き返す勇気はある。しかし山頂まで登れる。一歩ずつ。
さあ、立ち止まっていても汗が冷えていけません。自分の足を動かして、手を使って、前に進んでさえいれば一歩一歩確実に近づきます。
背中を押された私は再び山頂目指して歩き出しました。
これはもう、先行者の相棒のわんこじゃなくて、明らかにイノシシの蹄だね。も幾つも辿り、出くわしませんようにと願い、先行者のトレースを大いに頼りにしながら歩く内、今度は先行していた方が私の視界に入るようになりました。登山スピードは人それぞれ。休憩のタイミングでしばしば入れ替わったりもします。
追いついてしまった私。内心トレースが無くなって若干不安ですが、仕方がありません。登山ルートの目印を探す私に「あっちだよ」と教えて下さったのを機に、とうとう私がトレースを付ける役に。焦らず慎重に。そう言い聞かせながら登りました。
新雪は真っ白で、きれいです。山で見ると、より深く、果てが分からないだけに、自然界の怖さも感じます。だが、その神秘に、見惚れてしまう。
どうぞ今日も、よろしくお願いします
入山する度に自然とお山へ頭を下げるのは、本来人の領域ではない場所へ、立ち入らせて頂くから。お世話になるから。そんな気持ちが胸にある。だから無事下山してくると、登山口で振り返って一礼する。
今日もありがとうございました
今日も山頂まで行って、それから無事下山する。その為に来た。
前回と同じルートを登ると決めていた私は、最後の峠付近でしばらく誰も登っていない雪の深い岩場を登った。かなりデンジャラスだった。全身運動。途中で思う、ここは通ったらあかんかったんやな、やってもうた。こんな誰も通らん雪道、埋まっても誰も気付かんやん。引き返そうにも地獄道。登るのも地獄道。なんてこった、絶対生きて帰らな。風がなくて幸運だった。
岩から岩、雪の上、ズボッとはまったりもしたが、どうにか登り切った岩場。靴の中にはとっくに雪が入ってる。防水スプレーを付けている登山靴、まだ完全に濡れ切ってはいない。靴下冷たいけど、足悴んではいない。山頂で一回整えよう、急ごう。ラストスパートは時期が来たらスキーのコースになるのかしらという場所。ああ誰も歩ていない雪が深い。また靴の中に入る。だがパウダーみたいな雪で、足を前に出してたら大丈夫。とにかく動かす、場所は分かっている、この先が栄光の三角点や!
そんなわけでどうにかこうにか、今までで一番くたくたのへとへとになって登り詰めた御在所岳山頂、一等三角点。ああ、疲れた。
私は早速ベンチに腰掛けてチェーンスパイクを外して泥を落とし、きつく結んだ靴ひもを解いて靴を脱いでは雪を出し、靴下の多少の濡れを確認したけれど予備がないので無視して再び靴を履き、チェーンスパイクを装着した。
帰りは遂にゴンドラデビューしようかしら・・もう体力無い気がする・・・なんて過ぎっていた行きだったんだけれど、山頂で塩味の効いたプリッツを食べたり写真を撮ったりするうち、めっちゃ元気になっていた。すっかり体力が回復していると気付いた自分。あのくたくたのへとへとはなんだったん?と笑う位元気だ。予定通り中道で下山する。
中道ルートで下山する最大の理由は、キレットという岩場を登るからだ。行きで使うとキレットを下りる形になる。そしてこのキレットが御在所岳の人気スポットで、休日に登山するとキレット渋滞なんて呼ばれる現象が起こる。本当に登山者の多いお山なのだ。
予備を持たず冷たい手袋をもう一度嵌めるのは嫌だったが無いよりはマシなので既に濡れている手袋をはめて順調に下山していった私は、このキレットの手前でまさかの再会を果たした。
行きに先行してトレースを付けて下さっていたお山の先輩が、「あっちだよ」と教えて下さったお山の先輩が、下山も私と同じルートだったのだ。山頂でアホみたいに元気を回復した私は、元々下山スピードが早目である。膝によくないので調節しているが、それでもアホみたいに元気を回復してしまっているからどんどん下山していた。ちらちら見え始めた先行者が、あれもしかして行きと同じ方では??と思っており、あちらでも私に気付かれていた御様子。
キレットの手前で休憩しておられ、再会。本日二度目なので会釈の挨拶を交わすと、
「行きに出会った子だよね?」と。
「はい」私は元気よく答えた。
あの後何処を通ったの?トレースが途中で消えたからー・・・とか、普段は何処の山を登るのか、雪山の事、キレットを登るのが好きだから下山はここをーーなど、束の間の会話。いつもではないけれど、お山での出会いは一期一会。私は登山初心者なので、機会に恵まれればお山の先輩方の話に耳を傾ける。色々と、教えて頂きたいと思うのだ。
暫しの歓談の最中、お山の先輩が不意に仰った。
「しかし速いねえ、体力が抜群にあるねえ」
嬉しかった。人一倍ちびで、子ども時代は無論のこと、大人になってからも持久力に自信がなく、人並みであるためには日々どれだけ鍛えておけばいいんだろうと思いながら、自分がどれ程動けるのかいまだに分からずにいる。そんな私の登山を間近に見られた方が、体力が抜群にあると、褒めて下さった。以前、別の山でも褒めて頂いた事がある。お山に居ると、なんだか褒めてくれる人があるーー何とも嬉しい限りで、嬉しくってまともに御礼が言えなかった。
最後に、
「平日はいいですね、人が少なくて」とキレットを見上げる私。
「そうだねえ、静かでいいよね」
「それでは、お先に」
「ああ、おつかれさま」
聳える岩場、キレット。かっこええ。
意気揚々と私は手をかける。雪はまだない。チェーンスパイクを外した方が良いですかと聞いた私に、先輩は外さなくても行けるよと教えて下さったので、装着したままトライ。本当だ、登りやすい。
チェーンスパイクすげえー
初めての雪山、チェーンスパイクデビューの御在所岳。私はもう必要ないにも関わらず、練習だからと登山口までずっとチェーンスパイクを履いたまま下山した。落ち葉や泥んこまみれになったチェーンスパイクは、登山口の近くにあった川で洗わせて頂いた。ありがたし、自然の恵み。
利点と欠点を知る事ができたチェーンスパイク。楽しかったし面白かった。思い立ってここへ書いてみたのだが、長くなった。
その後の雪山?もちろん、行きましたよ。
登り初めも、雪山でした。
それじゃ、また
おっと
本年も中々現れませんが、変わらず元気に生きております
どうぞよろしくお願い申し上げます
令和七年一月 いち
余談ですが 登山するいちはここへ足跡を残しています。