マヤの一生
マヤの一生
椋鳩十 1970
鹿児島の小さな農村の「わたくし」の家には、鶏のピピ、猫のペル、犬のマヤ、が飼われていた。マヤは、わたくしの三兄弟の息子の中でも特に次男によく懐いたし、ピピやペルとも仲良しだった。
世の中は第二次世界大戦の真っ只中になる。この農村でも食料不足になり、ついに役場から犬などを飼っているのは贅沢だ、処分の為に差し出すように。と知らせが届く。
ある日、わたくしが家をあけていた時にマヤは撲殺の為に引き立てられていく事態になる。しかも付き添って行った次男と三男にマヤを結えた縄を持たせ、その目の前でマヤを棒で殴りつけた、と。マヤはばったり倒れたという。
子供達はボロボロ泣きながら家へ戻ってきたが、ショックの為、高熱を出し寝込んでしまった。
静まり返った夜半。次男が突然起き、マヤ、マヤと叫んで外へ飛び出していく。わたくしと妻が懐中電灯を持って追いかけると、なんと靴脱ぎ石の所にマヤがいるではないか。
マヤは消えようとする命の火を必死にかきたてて家まで帰り着いたのだ。そして最も愛していた次男の下駄の上にあごを乗せたまま、次男の匂いを嗅ぎながら、息を引き取っていったのだった。
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