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【小説】『シンクロ✖シティ』第1話⑥

【イントロダクション✖アブダクション】完結

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「確かに僕は、キムラが重度のアニメ好きだって情報、軽く提供はしたよ?だからって安直にDVDの宅配だなんて、また無茶苦茶なことを・・・。青月ちゃん、そんなんじゃ命がいくつあっても足りないよ」
 ディスプレイ上のウルフアイは、心底心配しているという風に眉根を寄せている。しかしそれが本心で言ってはいないことをブルームーンは理解していた。目元が微かに緩んでいるのだ。
「あんたさ、ぜったい面白がってるっしょ」
 目は口ほどにものを言う。ブルームーンが唯一知っていることわざだ。最近、空蝉から教えられたのだ。今のウルフアイにうってつけのことわざで、ブルームーンはその意味をこれで完全に理解した。
「いやぁ、それにしてもですよ!空蝉さんの名推理がなかったらこの事件、こんな短時間に解決してないですよ。まぁ、それには青月ちゃんの観察眼も必要不可欠だったわけですけど。二人って、ホームズとワトソンみたいな名コンビに——」
「話を逸らすんじゃねー!」
 急に饒舌になって語り始めたウルフアイに、ブルームーンがついに憤慨した。
 鶴丸亮介邸の地下ミーティングルームでは、空蝉、ブルームーン、そして遠隔通信でウルフアイが一堂に会していた。今回の『刈稲町・女子中学生誘拐事件』の考察及び今後の対策を話し合うために。
「——私はホームズが良い」
 不意に空蝉がぼそりと呟いた。意味が分からず無反応なブルームーンと、笑いを必死にこらえるウルフアイ。そんな二人のそれぞれのリアクションに気が付き、少々赤面しながら空咳を一つして、空蝉は改めて発言した。
「確かに、ブルームーンが視覚から得た記憶をあのタイミングで思い出せたのは幸運だったよ。もっとも、オトハさんの父親、西野氏のSNSの呟き。それをキムラが読み上げてオトハさんに聞かせていなければ全ては藪の中だったわけではあるが。幸運と言えば、そちらの方が幸運か」
「まぁ、ここは青月ちゃんの並外れた記憶力と、天性の運の良さが多分に発揮されたってことで」
 ウルフアイの御機嫌うかがいの発言には気付いたそぶりを全く見せずに、ブルームーンは言った。
「そうだ、そのへんが良く分かんなかったんだけどさ、結局キムラはオトハのお父さんの呟きを読んでどうしたかったわけ?」
 その問いには、ウルフアイが答えた。
「それは、オトハちゃんを怖がらせるためでしょ?病院にいるはずのお父さんが、ちょっと前にこんなことを呟いてますよー。てことは、今までの話は全部嘘です。あなたは僕に誘拐されたんですって、なんかすごく回りくどい方法で恐怖を煽ってるんですね」
 それに頷きながら空蝉が続けた。
「それから、これは私のただの想像なんだが、キムラは西野氏の呟きを読んだ後でこう続けたかったのではないかな。この男が自分を面接で落とした。これはその復讐だ、とね」
「そうか!空蝉さんのその発想が、西野さんとキムラを結び付けたんですね?西野さんは大平洋建設の新卒者向けの面接官です。その面接官のSNS上の呟きを、誘拐した彼の娘に聞かせる。恨みがましくね。そうなれば、キムラは西野さんの面接を受けて、結果的に不採用となってしまった人物であると考えられる。その恨みからの今回の犯行——」
「そうだ。西野氏とキムラの関係性さえつかめれば、あとは君の出番だったのさ」
 ウルフアイは嬉々として語った。
「鷲巣局長から直々にハッキングの許可が下りた時は震えましたぁ!合法的に大企業のサーバーに入り込めるんですよ。しかも入り込んだ痕跡を一つも残さず。ゴーストウルフの本領発揮です。まあ、キムラの履歴書の入ってたフォルダなんて、パスワードもなにもかかっていなかったんですけどね。いくら大企業と言えども、慣れって怖いですよ」
 それまで黙って空蝉とウルフアイのやり取りを聞いていたブルームーンが、唐突に割って入った。
「キムラが陰キャのロリコン野郎ってことは分かったんだけどさぁ、なんだかまだモヤモヤするんだよね」
 それを聞いたウルフアイが呆れて言った。
「あのね、乱暴にまとめすぎ」
「そうだ、ブルームーン自身の事で忘れてはいけないことがある。今回の件で残念ながら、君のシンクロ能力にまた不確定要素が追加されてしまった」
 空蝉がブルームーンを見つめながら、二人に説明し始めた。
「一つは、〝シンクロ対象の視点からは任意のところで抜け出せない〟と思われる点。過去二回の案件では、ブルームーン、君は抜け出したいと念じたら対象から抜け出し、そして目覚めたと言ったね?」
 不意の問いかけに、とりあえずブルームーンは頷くことしかできなかった。
「だが今回はそれができなくて困った、とも言っていた。ということは君は必ずしも自由にシンクロ対象から抜け出せるとは限らない、ということになる。それからもう一点。対象からブルームーンが抜け出した後、その対象は一時間程度いわゆる意識を失った状態に陥ると私達は考えていた。それもやはり過去の案件がどちらも一時間、対象が動けずにその場に留まっていたからだ。だが今回、キムラは三十分程度で意識を取り戻した可能性が高い。オトハさんが声を掛けるなど、何らかの行動をキムラに対して行ったことも考えられるが、それは過去の案件も同じ状況にあった。要するに対象の近くに、他者が存在するという状況だ」
 ウルフアイが真剣な面持ちで、腕を組みながら発言した。
「僕は前回からの参加ですから、一番最初のことを知らないのでいずれお話を詳しくお聞きしたいですね。こう考えると、青月ちゃんの能力、まだまだ未知数なんだなぁ」
「ハア、なんか面倒臭くなってきちゃったなぁ。なんもかも」
 そんなブルームーンの独り言に、空蝉もウルフアイもかける言葉を考えあぐねた。それは単なる愚痴として扱うには、彼女の背負う重荷が大き過ぎると思えたからだ。
 ブルームーンは椅子に深く腰掛け、天井を見つめていた。彼女なりに、何かを一心不乱に考えているのだった。
 しばしの間、無音の真空がこの薄暗い空間に膨張していた。そしてそれは、ブルームーン自身によって風船のように割られた。
「あ、わかった!」
 驚いて、空蝉もウルフアイも視線を一斉にブルームーンに向けた。
「モヤモヤの正体。オトハってさ、キムラをかばってたじゃん?アパートに乗り込んだとき。もっと前にさ、そう、キムラの車の中で、あの子言ってた。誘拐『してくれるんですか』って。なんか隠してんな。制服の中に隠してる。——腕」
 そう言うと、再びブルームーンは天井を見上げ、黙り込んでしまった。

   *

「いや実際、無茶苦茶やってんなぁって自覚、ありましたよ」
 月読署の取調室では、草薙刑事が一人で木村孝継と対峙していた。取り調べが始まって一時間余りが経ち、ようやく木村が今回の誘拐事件の核心を語り始めたのだった。
 草薙が人形のような無表情さで、機械のように無機質な声を発した。
「そう。ではあなたが西野音羽さんを誘拐するに至った経緯を聞かせてもらえるかしら?あるんでしょう、あなたを犯行に掻き立てたファクターが」
「ファクター・・・ですか」
 木村は顎に手をやりながら、中空を眺めてしばしの間考え込んだ。その口元には微かに笑みが浮かんでいた。草薙は目聡くそれに気付くと、咄嗟に眉根に皺を寄せた。
 些細な思い出を語るように、木村は幾分か間延びした口調で話し始めた。
「あいつ、あなたの夢はなんですかって聞いてきたんだ。面接官の第一声がそれ。前情報で聞いてはいたけど、真っ先にそれ聞くんだって思って。だって志望動機とか、学歴だとか、基本情報をすっ飛ばすんですよ?なんだコイツってなるでしょ。夢はなんですかって。気取りやがってって思って、いきなり腹が立ちましたよ」
 それから手錠の掛けられた両手を卓上に上げ、項垂れながら深いため息を吐いた。
「あいつって、誰のこと?」
 草薙の確認にも、木村は顔を上げることもなく呟くように言った。
「西野。大平洋建設のカリスマ面接官こと、西野隆志」
 チラと記録係の警官を見る草薙。コクリと警官が頷く。いよいよ本格的に木村の自供が始まった。
「事前に何度も練習していた答えを言ってやった。女手ひとつで一人息子の僕を育ててくれた母。去年死んでしまったその母との約束を叶えるのが僕の夢です。上場企業で出世して、金持ちになるっていう約束を御社で叶えたいですってね。作り話でもなんでもない、本当のことさ。貧しさから最後まで抜けられなかった僕たち親子の悲しい夢。その夢を叶えるために努力してきたんだ。死に物狂いでね。母さんを楽させたいって想いだけで、ここまできた。けど母さんは死んだ。死んでしまったんだよ。だから!母さんとの約束を実現させるのが僕の夢だ!それのどこが間違っているっていうんだよ!僕の夢は唯一無二だ。他人にとやかく言われる筋合いなんて絶対にないだろう!そうでしょ?」
 草薙は人形の顔のまま、一言「そうね」と同意した。
「西野のクソ野郎、それはあなたの夢ではない、〝あなたのお母さんの夢〟だって、そう言いやがった。あなた自身の夢はなんだって、また聞いてきた。うるせえよ!僕の夢は母の夢で何がおかしいんだ。僕はそう言ってやったんだ。はっきり分からせてやろうってね。あんたに夢を語って聞かせる理由はなんだって、逆に質問してやったんだ」
「なかなかやるじゃない」
 草薙の口から、思わず感情めいた言葉が出た。それはとても珍しいことだった。
「自身の夢が語れない人間に大成はないんだってさ。力が抜けたよ。だって僕はさっきから自分の夢を語っているじゃないか。けれどアイツは、それは違うと思っている。話がかみ合わないよな。だから僕は諦めた。辞退したんだ。それで、その日のアイツのツブヤキですよ。ファクター、そう、それが僕をここまで駆り立てたファクターだ」
 木村はそのファクターを時に感情的になりながら草薙に語った。木村が面接を辞退した日のSNSに、西野隆志はこのように投稿したのだ。
『学生の皆さん、親離れできていますか?親御さんも、子離れして子の積極的な自立を促しましょう』
「アイツは僕のことをマザコンだって言ったんだ。それから、死んだ母さんを子離れできないダメな親だとも言いやがった。アイツはそうして僕の大切なものを踏みにじったんだ!それなら僕もアイツの大切なものを壊してやる!そう思ったんだ。それで——」
 木村の怒声はやがてボソボソと話す聞き取りにくい独り言に変わってしまった。

 マジックミラー越しに取調室の様子を監視していた宇田川が、ぼそりと「まぁ、こんなところか」と呟いた。隣りの牧田もそれに頷く。
「今時の奴は突拍子のねえ意訳をしやがるから始末がわるいんだ。コイツみたいにな。発言するやつも、そういう意訳する連中のことを想像しねえから地雷を踏む。言葉が軽んじられてんのに、重く捉えられて、矛盾の吹き溜まりだな。世も末だぜまったく」
「主任、深いこと言いますねー」
 牧田の軽口に腹が立ったとみえて、宇田川は牧田の横っ腹を軽く小突いた。
「世の中がみんなお前みたいにパッパラパーだと、楽できんだよ俺も」
 宇田川は吐き捨てるようにそう言い残すと、監視室を出て行こうとした。
「あれ主任、どちらに?」
 宇田川はそれに答えずに乱雑にドアを後ろ手に閉めた。
 そのままの勢いで隣の取調室に入る。もちろん何の挨拶もノックすらもせずに。
 そんな宇田川に対して、草薙が最敬礼をする。
「草薙、それいい加減にやめろ。ここは軍隊じゃねえんだ。おい、お前。能書きはその辺にして、可愛いお嬢ちゃんを誘拐したことを塀の中でしっかり反省すんだな。いいか?」
 どやしつけられた木村は不信感を隠すことなくその表情に出し、そして宇田川を睨みつけた。そんな木村の態度に内心はどつきたい衝動にかられつつも、それを抑えながら宇田川は本題に入った。
「コイツに見覚えあるか?」
 そう言って木村の前に一枚の写真を置く。ふてぶてしくそれを眺める木村。
 そこには女が映っていた。ボサボサのショートボブに、皺の目立つピンク色のTシャツにショートパンツ。全体的に小作りなために小学生のコスプレをした成年女性といった印象だ。そして特筆すべきはその顔。正確には目の下のクマだ。尋常ではない程漆黒のクマが両目の下に広がっている。間違いなく、それはブルームーンが写った写真だった。
 しばらく写真を眺めていた木村は、やがて「あ!」と大声を上げた。
「コレ、あの配達員だ!」
 それを聞いて宇田川はニンマリと笑った。
「おーおー良く覚えてんな。コイツはお前が逮捕されたときにいたその配達員だ。そいつに関してはお前も色々と言いたいこともあるだろうが、まあひとまず落ち着け。いいか、良く思い出すんだ。お前、コイツにもっと前に会ってないか?そうだな、例えばお前がお嬢ちゃんを連れ出すときに近くにいたとか、それよりももっと前にアパートの近くで頻繁に会ったとか。コイツに〝監視〟されてるような気配とかよ。何でもいいんだ。どうだ、なんかあるだろう?」
 目の前の威圧的な刑事の、その決めてかかったような言い回しに違和感を感じながら、木村はより一層注意深く写真を眺めた。しばし沈黙の時間が流れる。
「いや、見たことない。てか、この人刑事じゃなかったの?」
 宇田川はフウと小さく息を吐くと、「邪魔したな」とだけ言い、ドアへと向かった。
「あ、そうだ。監視で思い出した」
 木村が不意に声を上げた。宇田川が振り向く。木村の視線は草薙に向けられていた。
「刑事さん、ファクター、もう一つあったよ。夢を見たんだ。あれは西野のツブヤキを見た日の夜か、そのあたり。女の子の声が聞こえてきてさ。『わたしはあなたをずっと見ていた』って言うんだ。それから、『あなたが動けば、救われる人がいる』とも。僕は、僕と同じように西野に面接で落とされたりバカにされた人間のために復讐に動けってことかと思ったんだ。神のお告げみたいなさ。それで今回の事件を計画したんだ。まぁ自分に都合の良い夢だとはその時は思ったんだけどさ。でも妙にはっきりと覚えているんだよな、声のトーンとか高さとか。小学生か、中学生か。とにかくまだあどけなかったな」
 取るに足らない下らない戯言と右から左に聞き流し、宇田川は入ってきた時と同様に乱雑にドアを開けて出て行った。
 それでも木村は、なおも続ける。
「でも今はそうじゃなかったんだって思う。あのお告げは、西野の娘のことを言っていたんじゃないかって、本気でそう思える。そうだ、なぁ刑事さん。西野の娘、オトハだっけ。あの子、あの後どうなったの?」
 草薙は腕組みをしながら、木村の言動の端々を頭の中で整理しながら言った。
「音羽さんは無事にご両親の元に戻ったよ」
 それを聞いた途端、木村が笑い出した。腹を抱えて笑い出したのだ。草薙は一瞬警戒する。次になにが起きるのか、予想が出来なかったのだ。
 ひとしきり、気が済むまで木村は笑った。それから一言、
「だから警察は無能なんだ」
 と言って、今度は鼻で笑った。


(第1話・終)


第2話、ただいま鋭意製作中です!!乞う、御期待!

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蒼海宙人
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