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【小説】創造主は今宵ダンスを踊る
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後編・舞曲(メヌエット)②
「おはよう、ウクソル」
博士がミシミシと床を軋ませながら、作業室に入ってきた。そこには彼の妻の充電ポットも置かれていたから、だから彼は入室するなり朝の挨拶を口にした。
「おはよう、クレアーレ。よく眠れたかしら?」
博士は微笑みながらウクソルに向けてウィンクをした。
ウクソルはといえば、頭部の冷却ファンがフル稼働しているにもかかわらず、こめかみあたりに帯びた熱がなかなか冷めてくれないのを忌々しく思っていた。快適な目覚め、とは言えない。もっとも彼女は眠らない。チップ及び全身の各機能を一時停止させる。それが彼女にとっての睡眠だった。
一晩中、あの夜の出来事の映像を再生していた。彼女には自身の行動を逐一記録するようにプログラミングされ、かつ記録媒体も頭部に埋め込まれていたのだった。記録はそのまま彼女の記憶となった。その記憶を辿っていたのである。一晩中、繰り返し繰り返し。
それを二年間。博士に何かの処理を言づけられない限りは、自発的に行ってきた。自身の自我の芽生えについてと、それを生じさせるきっかけとなったファクターが何か考察するために。
ウクソルは気が付いていなかった。そんな風に過去の記憶を辿る行為、それ自体が彼女に確固としたアイデンティティが確立されたのだという揺るぎない証拠になり得ることに。
それはとても皮肉な行為だった。誰も辛い記憶を思い出したくなどないのだから。
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