差し伸べられた手

昔から、誰かに助けを求めることが下手だ。

「助けて」そう口にしていいのかどうかで躓く。
そのまま、躓いたまま。

以前、追い越しざまのひったくりに遭った。

痩せっぽちの私は犯人にしてみれば楽勝に見えただろう。
不意に掴まれたカバンを咄嗟に私も離さない。
わりと長い時間あっちこっちに振り回されたように思うけれど、犯人はとうとう諦めて手を離した。

その反動は大きく私は吹っ飛んだ。

助けての声は絞り出したけれど出なかった。
道に倒れた私の腕と足からは血が出ている。
自転車で去っていく後ろ姿で犯人が男性だということだけ分かった。

呆然としていると後ろからおじいさんが歩いてきた。

「どうした?こけたんか?」

その時頭に浮かんだのは
『もう犯人の姿も見えない。きっと大袈裟だと思われる。』
そんなような考えだった。

「・・・・・・大丈夫です。」
そして自分で110番をした。

そんな私に差し伸べられた手があった。

中学生の頃、皆がそうなように先生に反抗したりした。
そうすることで強さを示し、強くいれば攻撃されないだろうという単純な考え。

だけど先生は大人で子供の反抗など敵わない。
敵わなければより強く、となる。
行き過ぎればその先は親の出番。

先生が言う。
「そんな態度なら親に報告せやんね!」

その言葉は私を動揺させた。
親に言わないでくれと懇願する私。

先生は普通じゃないものを感じ取った。

後日、家にいると母が外から帰ってきた。
すごく怒っている。

「『私』!どこにいるの!今すぐこっちに来なさい!」

何事かと迎え出た私を見るなり母が拳を振り上げ突進してきた。

驚き腕を盾に縮こまる私に怒号が浴びせられる。

「『私』の担任に呼ばれて学校に行ってきた」
「私が先生から何と言われたと思うか」
「『私』の親に対する怯え方が普通じゃないと言われた」
「家庭で何かあるのかと聞かれた」
「私がどれだけ恥をかいたと思うのか」

そんなことを大声で捲し立てる母。
大声で自分に恥をかかせた事を怒り散らし、最後にぴしゃりと言った。

「二度と外でそんなこと言ってごらん!承知しないわよ!!」

そして不愉快極まりないといったふうでどこかへ行った。

先生が親を呼び出してまで話をしたということ。
実際私がどうなのかということ。
母にとってそこは重要ではなかった。

私は、私の為に誰かが動いてくれることは『いけない事』なのだと刻み込まれる。
正しいとか正しくないとか、そんなことではない。

その先生の行動は、私に差し伸べられた手だったと思う。

母の自己愛の前にはあっけなく、軽んじられ、ものともされなかった、手。

私はそれまで以上に用心深く自分の感情を誤魔化し、そうすればするほどに孤立は深まった。


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