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僕が田舎に住んで、好きな仕事を始められた理由

僕がなぜガラスでアクセサリーを作る人になったのかを話そうとおもう。田舎に住んで好きな仕事してってなんか魅力的かもだけど、現実を話す。

自分の生き方としては充実していると思う。嫁もいないし子供もいない。稼ぎは少ないが心が自由でいられることが多い。作りたいものを作っているから。

戦略なき夢追い人の末路

 自分が20代の頃は絵描きになりたくてそっちの道を進んでた。どうやってなれるかもわからないのに、なれると信じて。 その後大阪に住んだり、北海道に住んだりして色々な経験と挫折をしたのち、地元に帰って来た。

 実家は農家なので、農業をするしかなかったが、自営業とはいえ現実として拘束時間はとても長く、その割稼ぎがでない。一時期はうちの農業も良い稼ぎになったが、時代が流れてみんなの生活スタイルも変わり、売れていたものが売れなくなってきていた。 そして何より自分は農業をしたいと思っていなかった。

 もう40代、このままではどう考えても生きるのがしんどいと思ってこれからの仕事について考え出した。今からまた都会にでる余裕も新しいことを始める資金もない。それにできれば田舎に住みたい。 農業はしたいと思わないが、自然の中で暮らしたいとは思っていた。

経験から見えた戦略

 夢追い人だった自分は定職にはつかずに色々な仕事をした。ドーナツ屋、梅農家、メロン農家、ホテルの調理補助、警備員、通販会社、工場仕事等々。

色々な人に触れ、ものを作るとは何か、とか自分が出来ない事、足りない事は何かとか、赤っ恥をかいたり心が折れたり、人って何かとか、いろいろ経験で覚えた。そんな経験は、ガラスアクセサリー作る人になるとき役立った。

と言っても普通の人、ちゃんと勉強してきた人にとっては当たり前の事だろう。僕は頭悪いし世渡り下手だったからここで苦労したのだかもしれない。

 まず考えたのが、田舎にいて日本中の人にお客さんになってもらう事。
田舎に来る人だけを相手にするのは初動としてはかな大変だから。
そうなると必然的にネット通販が選択肢として残った。

好きな仕事が何かがわかってなかった

自分はどんな人かを考えると、何かを作ってないと死ぬタイプだったのはわかっていたので、「ものづくり」というのは決まっていた。が、何を仕事にしたいかがわかってなかった。「何がしたいか」と「何ができるか」の狭間に立つことになる。

さて何をするか。技術もない、資金もない、ここからどうやって何かを作って売るか。レジンアクセサリー? 陶芸? 彫金? ガラス?

陶芸は資金的に無理があったしすぐにできるようなものでもなさそうだ。
レジンはだれでもすぐできそうだが、誰でもトライできる分、競争率がたかい。彫金も資金と技術的に難しい。ガラスは…ガラスももちろん資金と技術がな・・・ そんな時にテレビでみたのがガラスで作った宇宙だった。

それを見たとき、僕の中にあった「作りたい欲」がかきたてられた。ガラスで宇宙を作りたい。そこからはすぐに行動に出た。調べると、ガラスも色々分野があることを知った。

そして一番はじめやすいのがとんぼ玉などで使われるソフトガラスの分野だった。これならなんとかなるかもしれない。そうして僕のガラスアクセサリー作りがはじまった。

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