餅を機械でこねながら
「オッ!こりゃスゲェ!2等!」
カランカランと鐘を鳴らしながら、福引会場の店員が大きな声を張り上げた。その声は歳末で賑わうラザハンバザールによく響く。
「景品はこちら!全自動餅つき機【メチャモーチモチスルゾークン】!」
ダァン!と勢いよく置かれた箱を前に、当選者たるイズミは当たりくじを片手に怪訝な顔をしていた。
「メチャ……なにて?」
「いやぁおっちゃんもよくわからねぇんだけど、ちょっと前にハデなウサギのネェちゃんが来て『試供品ッス!』て置いてったんだよ。丁度いいから福引の景品に……な!」
箱に輝くはオレンジの帯に黒い羽車。飛空艇から湯沸かし器までなんでもござれな工業集団、ガーロンドアイアンワークスのものに間違いはなかった。
「お前さん、その白い角からして東方系だろ。モチ、作りな!」
店員の推察通り、白い鱗や角を持つイズミはひんがし生まれのアウラ・レンだ。なので、ひんがし文化にどれほど餅が密着しているか今更思い返すまでもなかった。
「お餅かぁ……」
イズミは瞑目し考える。ここのところ彼女はあまり冒険に出掛けておらず、もっぱらメリードの店でカレーばかり食べていた。ひんがしの古いコトワザ「おせちもいいけどカレーもね」を地で行く日々であるが、カレーも続けば故郷の味が恋しくなるものだ。イズミは目を開け、店員に頷きを返した。
「じゃあ、ありがたく貰っとくよ」
「はいよ!持ってきな持ってきな!」
「それはそうと、餅米無いの?」
「悪りぃね!ウチはボンバライスしか扱ってなくてさ!」
「えー……意味ないじゃない」
めくるめく餅パーティーの光景に暗雲が立ち込める。ボンバライスならビリヤニにした方がよほど美味い。
「……お困りのようだな。同郷人!」
不意に野太い声がイズミの角に届く。振り返ると、そこには着物姿のアウラの男がいた。その肩には、巨大な俵が担がれていた。
◆◆◆
「で、モチ……ダイカンさん……?から、モチライスを頂いて来たと…?」
「そう、餅代官。えらいひとだよ」
「お姉様、どこからボケなんです?」
「真実なんだよなぁ、全部」
イズミは苦笑しながら説明書を読み、全自動餅つき機を食卓の上に設置した。イズミの同居人にして相棒であるラディは怪訝な顔をしていたが、とりあえず目の前の事象を受け入れる事にした。
「えぇと、餅代官はね。降神祭で餅を振る舞う役職でね……」
イズミの解説にルガディンの娘が割り込む。
「コウジンサイ、知ってますよ!巨大なムースの化け物を退治して五穀豊穣を祈るお祭り!」
「ダメだ東方文化全然伝わってない」
ラディの荒唐無稽な勘違いもあながち間違いではない。かつてふるまい餅に霊験あらたかな霊泉を用いたら、餅が動き出してしまい冒険者総出で切り分ける戦いが起こったとかなんとか……イズミは英雄から聞いた騒動の話をラディに聞かせた。
「ほんと、とんだ神々に愛されし地だよあそこは……」
「でもそれ、お姉様の故郷の水がまずかったんじゃないですか?」
「あんた餅抜き」
「うぇぇ!冗談ですよぉ!」
ルガディンの豊かな体躯がずしんずしんと跳ねる。イズミは無視して餅つき機に米をセットした。あとは水だ。
「ラディ、水取って」
「あっハイハイ!」
ラディは台所にあった飲料水の瓶を取り、イズミに手渡した。イズミは目盛まできっちりと水を入れると、蓋を閉じ、ボタンを押下する。内蔵された雷属性クリスタルが作動し、機構に雷力が行き渡っていく。餅つき機はぶぉんと音を鳴らし、米を蒸らし始めた。
「これで、一時間待てばいい……らしい」
「なるほど」
ぶぅぅぅん……という作動音がアパートに響く。バザールと異なり、住宅地は静かなものであった。
「………」
「………」
餅つき機の排気口から湯気が立ち昇り、消えて行く。それ以上、ガーロンドアイアンワークス製の機械は変わった動きを見せなかった。イズミとラディはどちらともなく顔を見合わせた。
「………掃除でもしませんか」
「………そうだね」
二人は餅つき機から離れ、台所や棚の掃除を始めた。ラディはいつもより丁寧に排水溝を磨き、イズミは冒険者ギルドから持って帰って来たチラシや書類の類を、ひとつずつ確認して捨てていった。何もなかった部屋に積み重なった、生活の証だった。
彼女達がラザハンに逗留し始めて、気が付けばもう一年近くになる。旅先で重傷を負ったイズミの治療先として、錬金術の発達したこの街に辿り着いたのがきっかけだった。終末からの復興で仕事に事欠かないこの街は居心地が良く、傷が癒えても彼女達は多彩の都で多くの時を過ごしていた。
イズミはチラシを捨てながら、台所のラディを見た。長い髪を後ろにまとめ、鼻歌混じりに皿を片付けている。イズミはふと、声をかける。
「ラディはさぁ」
「はいっ?」
「私といて、楽しい?」
「えっ?!勿論ですよ!」
無邪気な声がイズミの元に返って来た。
「来年も、色んな冒険しましょう!私たち、自由ですからね!」
そう言ってにこりと笑い、排水溝の掃除に戻った。イズミは目を瞬かせ……少し笑い、ゴミを捨てに行った。
◆◆◆
「さて、餅は完成したみたいだけど……」
全自動餅つき機のタイマーはゼロを示していた。
「モチって、叩かなくてもいいんですね」
「叩くより、こねる方が大事だからね……」
イズミは恐る恐る蓋を開けてみる。もわりと湯気が立ち昇る釜の中に、立派な丸い餅が出来上がっていた。
「わぁ!すごいですねお姉様!」
「こんなうまく出来るもんなんだ……」
炊いてもいない餅米が見事に蒸され、手ごねと見紛うばかりの丸さだ。振動と回転でここまで出来てしまうのか……と、イズミはガーロンド社脅威の技術力に舌を巻いた。餅は誇らしげにうねうねと回っていた。
「…………なんで回ってんの?機械止まってるよね?」
「あれッ?」
イズミは英雄の話を思い返した。そして餅つき機のそばにある瓶を手に取り、ラベルを恐る恐る見た。【東アルデナード食品:大天山霊泉のおいしい水】。
「ラディ!逃げ——」
その瞬間、餅が膨れ上がり幾つもの仮足が爆発的に産み出された。仮足は海洋生物の触手の如くイズミの身体を捕え縛り上げてしまった。つきたての餅の粘性と熱がイズミに襲い掛かる。
「熱ッッッッッッ!!!!あついッ!!!!!」
「お姉様ッ?!わぁっ!!!」
ラディはラディで、溢れ出した餅の波に腿まで飲まれ、身動きを封じられてしまった。つきたての餅の粘性と熱がラディに襲い掛かる。
「あつい!!!!あっ、あついィィィ!!!!」
溢れ出した餅はさながら蜘蛛の糸のようであり、二人の暮らすアパートは一瞬にしてトトラクの千獄と化してしまった。なんたる事であろうか。仮初の生命すら生んでしまう霊験あらたかな水と、餅つき機に組み込まれたエーテル満載のクリスタル。その二つが予想外のシナジーを産み、かつて西方を恐怖に陥れた【動く餅】を再誕せしめたのだ。
「ラディ!あ、あんたこの水どこで……!」
「く、薬屋さんでェ!サンプル配ってたんですぅ!」
「ばっ……バイオテロだろこんなの!くッ……うぁッ……」
つきたての柔らかすぎる餅は温度低下と共に粘度が落ち、今やその触手は柔らかさと強靭さを併せ持つ危険な代物と化していた。イズミは身体を捩って抵抗するが、白い触手はぎりぎりとその肢体を縛り上げていく。両腕が掴まれ、磔のような体勢で固定されてしまった。
「うッ……ああッ……!」
緊縛に耐えきれずイズミが苦しみ喘ぐ。もはや餅は人を痛めつけ弄ぶ立派な魔物であった。ラディは敬愛する姉貴分の危機に奮起し、辺りを見渡した。動けない範囲で手を伸ばし掴んだもの。それは餅を取り分けるための大皿。
「お姉様を……離せぇーーーッ!!!」
ラディは大皿をチャクラムの如く全力で投擲した。凄まじい回転のかかった皿は鋭利な刃物と同一。イズミの腕を縛る触手が見事に斬り飛ばされた。壁に当たった大皿が砕け散る。その破片が地面へ落ちるまでの刹那、イズミは胸元から短刀を抜き放ち、拘束する触手を全て断ち切った。
「やってくれたなッ……だぁぁぁぁッ!!!」
イズミは再び繰り出される触手を斬り裂き、一気に魔物との間合いを詰める。魔物のコアと化した全自動餅つき機を睨み、剣気を込めた短刀を大上段に振りかぶった。
「これでェェェェッ!!!」
一閃。両断された餅つき機は、数度火花を散らした後、盛大に爆発した。入り口のドアが吹き飛び、向かいの家の植え込みを薙ぎ倒した。
◆◆◆
「こんばんは」
橙髪の少女は吹き飛ばされた玄関から声を掛けた。荒れ果てた部屋の奥から、白い角を備えた女――イズミが疲れた顔で応対に現れた。イズミはファーノーザン系の可愛らしい冬服に身を包んだ親友の姿を見て、ばつの悪い顔で角を掻いた。
「あー……こんばんは、ソフィア」
「イズミさん、どうかされたんですか?」
「……別に。大掃除の途中」
「だいぶサボっちゃってませんか?いけませんよ?」
「返す言葉も無いよ……」
イズミは肩をすくめた。年が変わるまでに、果たして終わるかどうか。
「それで、どうしたの今日は」
「ほら、もうすぐ降神祭じゃありませんか」
ソフィアは鞄から包みを取り出した。
「イズミさんには今年もとってもお世話になりましたから、そのお礼に」
細い指が包みを開いていく。
「はい、降神祭のお餅です。イズミさんもラディさんも、お好きでしょう」
「うぐッ」
包みの中には丸い餅が綺麗に重ねられていた。イズミはその餅が動き出す悪夢に囚われた。
「い、イズミさん?!」
「あの……あ、ありがとう、ソフィア……あの……それ……どこの餅……?」
「えっ……わたしの手作りですけど……」
イズミはそれを聞いて心の底から安心した。何の霊験もない英雄の手作り。これ以上ない責任者表示である。だがしかし、その安心と引き換えにソフィアの表情が曇った。青い瞳が陰っていく。
「あの、お嫌い、でしたか……?」
「いや!そんな事ない!ごめん!」
イズミは慌てて取り繕い、包みを持つソフィアの手に己の手を重ねた。
「変な事聞いてごめん!すごく嬉しい!」
「イズミさん……」
ソフィアの顔に明るさが戻った。イズミは今度こそ心から安堵した。
「……時間大丈夫?散らかってるけど、お茶ぐらい出すからさ」
「えぇ、ぜひ」
イズミとソフィアは折れた窓枠を跨ぎ、アパートの中に入っていった。
【了】