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定言命法における「同時に」の重要性——和辻哲郎とカント

和辻によれば、もし「人格を手段ではなく目的として扱え」と理解してしまうと、「徹底的な個人主義」があらわれてしまうことになるという。なぜなら「個々の人格はそれぞれ絶対目的であった、相互の間の使役と奉仕との関係は許されることができぬ」のであり、また同様に、「わたし」が他人に奉仕することも、自人格の手段化であるので否定されなければならないからである。だが、カントはそうした意味の個人主義者ではなかった。この誤解は、「手段であると同時に目的であるとして」ということがらの理解をまちがえたことに起因する。「同時に」という点が注意して読まれるならば、定言命法はむしろ「共同態的法則」といわれるべきものとなるという。なぜなら人間関係とは「自己目的的に取り扱うと同時に手段としてもまた取り扱う」ときに成り立つからである。自分も、そして相手も、自己目的的な人格として尊重されなければならないが、同時に自分を手段として使役させ、また他人を手段として使役しなければ人間関係は成立しない。和辻はそのように指摘する。
このように考えれば、定言命法とは人間関係の原則として読まれるべきであり、個人主義ではなくむしろ社会主義をひらくものとして見られるべきである。和辻はこの点を強調したコーヘンに注目し、カントを「ドイツ社会主義の真実の創始者」と呼んだコーヘンのことばを重視する。

宮川敬之『再発見 日本の哲学 和辻哲郎——人格から間柄へ』講談社学術文庫, 2015. sp.179-180.

和辻哲郎(わつじ てつろう、1889 - 1960)は、日本の哲学者・倫理学者・文化史家・日本思想史家。『古寺巡礼』『風土』などの著作で知られ、その倫理学の体系は和辻倫理学と呼ばれる。法政大学教授・京都帝国大学教授・東京帝国大学教授を歴任。『人間の学としての倫理学』(1934年)で新しい倫理学の体系を構築。『風土』(1935年)、『面とペルソナ』(1937年)も名高い。

1931年に和辻が発表した論考「人格と人類性」では、カントの人格論が扱われている。この考察において下敷きにされたのはハイデガーのカント解釈であった。論考「人格と人類性」では、カントの道徳論の中核をなす有名な定言命法の解釈が考察される。当時の定言命法の一般的解釈とは「爾は爾の人格及び他人の人格に於て人間の品位を尊敬し、人格を常に目的として使用し、手段として使用せざれ」というものであった。和辻はこのカントの定言命法の一般的解釈に2つの問題点を指摘する。

一つは、人格と人類性との区別がなされていないことである。2つ目は、手段としてではなく「同時に」目的として扱え、という「同時に」の点を見逃している点である、と和辻は指摘する。
特に第二の問題について、和辻は「個人主義と社会主義との問題」へとつなげている。和辻によれば、もし定言命法を「人格を手段ではなく目的として扱え」と理解してしまうと、「徹底的な個人主義があらわれてしまう」からだという。自分が他人を目的として奉仕してしまうと、そのとき自分は手段となってしまう。それでは「個々の人格はそれぞれ絶対的目的である」という原則が崩れてしまう。カントはそういう意味の個人主義者ではなかったと和辻は考える。

ここで重要なのは「同時に」という言葉である。「手段であると同時に目的であるとして」ということをちゃんと理解して捉える限り、定言命法はむしろ「共同態的法則」といわれるべきものになる。なぜなら人間関係とは「自己目的的に取り扱うと同時に手段としてもまた取り扱う」ときに成り立つからである。自分も、そして相手も、自己目的的な人格として尊重されなければならないが、同時に自分を手段として使役させ、また他人を手段として使役しなければ人間関係は成立しない。このように考えると、定言命法とは人間関係の原則として読まれるべきであり、個人主義ではなく社会主義(共同体主義)をひらくものとして見られるべきである、と和辻はいうのである。

和辻は強調するのは、われわれが今現在、すでに、目的と手段との二重性において「ある」という点である。この二重性という点から見れば、カントの定言命法の一般的な解釈は理念に偏りすぎており、「人類性の物化」という点を見ていないということになる。カントの定言命法を解釈するにあたっての和辻の意図は、人格と人類性との、すなわち「もの」と「こと」との二重性の強調にあった。

和辻の思想は「もの」と「こと」という概念を中心に結晶化されていく。それはまず表現の問題として、ことばの問題としてあらわれてくるのであるが、和辻のなかで、表現の問題は同時に「人格」の問題でもあった。そして、ドイツ留学を経て、カント、ハイデガー、さらには西田幾多郎の影響も受けながら、和辻独自の「倫理学」へと向かっていった。


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