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「ほんとうの仕事」をすることが幸福である——ヒルティ『幸福論』を読む

こういう自然な休憩の間に中断されるだけで、あとは絶えず有益な活動を続けられる状態こそ、この世でいちばん幸福な状態である。人間と生まれて、これ以外の外面的な幸福を望むべきではない。実際われわれはさらに一歩を進めて、そうなれば活動の性質などあまり問題にならぬと付言しうるのである。遊び半分の仕事でないかぎり、すべてほんとうの仕事には、まじめに打ちこめばいやでもすぐおもしろくなってくるという性質があるものだ。人を幸福にするのは仕事の種類ではなくて、創造と成功の喜びである。

ヒルティ『幸福論』秋山英夫訳, 角川ソフィア文庫, 2017. p.10.

カール・ヒルティ(Carl Hilty、1833 - 1909)は、スイスの下院議員を務め、法学者、哲学者、著名な文筆家としても知られる。日本では『幸福論』、『眠られぬ夜のために』の著者として有名である。敬虔なキリスト教徒として、神、人間、生、死、愛などの主題を用いて、現代の預言者とも評されるほどの思想書を書き残した。また、そのようなテーマに深く踏み込んでいながらも、彼の著作には、非現実的な、空想的要素は含まれないという特徴がある。

本書『幸福論』は、ヒルティの晩年の著書であり、彼の人生における実際的な経験に裏打ちされた幸福論であり、人生論である。またその特徴は「幸福とは何か」という哲学的議論に終始することなく、具体的に「幸福になるためにはどう考え、何をするべきか」という方法論のところに重きを置いていることにある。

ヒルティは「ほんとうの仕事」をすることが幸福への最大の近道であることを強調する。人間の天性全体は、活動をするようにできているとヒルティは説く。たしかに人には休息したいという欲求がある。しかし、ほんとうの休息は活動のさ中においてだけ与えられるのであって、精神的には仕事がはかどっていくさまを眺めたり、問題が自分の手のなかにおさまり解決可能になるなるのを見たりすることによって与えられる。そういう自然な休憩の間に中断されるだけで、あとは絶えず有益な活動を続けられるような状態こそ、この世でいちばん幸福な状態であるとヒルティは断言する。

そのとき、仕事の種類や中身はさほど問題ではない。自分が全身をもって打ち込み、その仕事が面白い、楽しいと思える状態こそが幸福である。すべて「ほんとうの仕事」は、まじめに打ちこめばいやでもすぐに面白くなってくるという性質があるとヒルティはいう。人を幸福にするのは仕事の種類ではなくて、その創造の喜びであり、その成功の喜びである。しかし、仕事が成功するかどうかばかりに気持ちがいっていては幸福な状態は得られない。仕事を全身全霊で楽しみ、その仕事をしている状態が自分のルーティンになること、もっといえば、ほんとうの仕事に打ち込んでいる状態そのものが目指すべき幸福である。

自分にとって有意義な仕事こそ、例外なくすべての人々の心身の健康保持に、したがってまた彼らの幸福のために必要不可欠である、とヒルティはいう。「万人が正しく労働するあかつきには、いわゆる社会問題なるものは解決されるであろう」とヒルティはいう。働く気が起こるのは、よく考え、熟考し、事にあたってみるという経験以外にはない。自分の仕事にすっかり沈潜しきれて、仕事と一心同体になることができるような労働人は、世にも幸福な労働者である。自分にとってすっかり沈潜できる、そのような「ほんとうの仕事」を見つけること、それに打ち込むことが重要である。仕事をする動機において大事なのは、仕事そのもの、あるいはその仕事のなされるゆえんの人間に対する責任感と愛情である、とヒルティは述べるのである。

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