頬杖をついた女性の話
人間はなぜ、そこにいる時永遠にそこにいることを想定してしまうのだろうか。
私と世界の関係は、1ミリでも変わっただろうか。この無力感すら1ミリも、あの時から変わっていない。(「パリの砂漠、東京の蜃気楼」より引用)
品川駅の広いフロアの中で、一際人の流れの激しい本屋にふらりと、しかし確実に惹きつけられた仕事帰り、洋紅色の表紙に、白黒写真が1枚。胸元まである髪を垂らしたひとりの女性が不満げに、哀しそうに、頬杖をついて此方をじっと見つめている。
じっと、その女性を見つめ返し、本を手に取る。
きっと、この本の中には憂鬱さと生きる強さが渦巻いているだろう。そして本の中で私は、道に迷ってしまうだろうのではないか。
本とレジの間を何度も行き来した結果、その時は購入せずに帰った。
それから、1週間。
あの洋紅色の表紙がずっと気になって、結局購入した。
その足で、ちょっと前から気になっていた老舗風の喫茶店に入り、硬い表紙をめくる。
パリの砂漠、東京の蜃気楼
そこに書かれていたのは、単純に共感されたく無い思いと、共存する虚無感。
1人の女性がパリと東京という2つの都市で
作家として、また母として、そしてなによりも女性として生きた証。
どこまでも落ちていく暗闇に対する恐怖と、暗闇がないと生きていけない矛盾に、
踠きながらも、浸り続ける作者が綴る209ページ。
読み進めながら、自分も、自身が創り出してきた虚無の渦に巻き込まれてゆく。
その存在を認めつつ、ずっと、無視し続けてきた渦は思いの外深く。
喫茶店内では、女性がスピーカー越しにフランス語で明るくラブソングを歌う。
本を閉じ、珈琲を飲み干して、支払いを済ませる。
今の私には、ワインが必要だ。
この本に珈琲は合わない。
オーナーに一言お礼をいい、お店を出る。
駅近にワインバルがあったことを思い出し、
渦を壊さないよう慎重に歩みを進め、
お店へと向かう。
5分ほど待ったところで席へ案内され、
シャルドネをグラスで注文する。
有難いことに店内には、2組ほどしか居らず、
ワインと共に洋紅色の表紙を巡り、再度、渦の中へと沈む。
ずっと泣きそうだった。辛かった。寂しかった。幸せだった。この乖離の中にしか自分は存在出来ず、いつの間にか声を上げて泣けるほど子供では無くなっていた。
グラスが空になり、サンジョベーゼを注文する。
きっと、これからも私はこの乖離の中で生きていくのだろう。
頬杖をついたこの女性のように。
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