ウェルズ恵子『おとぎ話はなぜ残酷でハッピーエンドなのか』
広く親しまれてきた「おとぎ話」の分析を通して、現在にも生き続けるその魅力と、人間がなぜ「物語」を必要としているのかを考察した一冊。
岩波ジュニア新書からの刊行ということもあって、平明な文章で書かれていますが、巻末にはきちんと引用・参考文献の一覧が記載されており、序章では「おとぎ話」と「神話」や「伝説」との違いを簡潔に説明しているなど、しっかりとしたつくりになっています。
本書の考察の中心となるのはタイトル通り、おとぎ話がなぜ「残酷でハッピーエンド」であるのかということですが、それを踏まえて各章ごとに「沈黙を強いられる」、「異世界の人物と結婚する」、「腕を切り落とされる」、「禁じれている決まりを破る」といった独自のテーマに沿った物語がまとめられています。これらの分析の中で、例えば「沈黙を強いられる」キャラクターの例として『鬼滅の刃』の禰󠄀豆子、「腕を失った」キャラクターの例として『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の主人公をあげるなど、おとぎ話の生み出したキャラクターが現代の物語にも息づいていることが示されます。
また、若い読者が疑問に感じるであろうと思われる点はコラム形式で補足しており、そこでは「なぜ主人公はいつも美しいのか」や「脇役があまり描写されず、途中ですぐ消えてしまうのはなぜなのか」などが語られています。コラムではありますが、これらは決して埋め草ではなく、本書のテーマを理解するうえで重要な指摘を多く含んでいるので読み飛ばせません。
著者のウェルズ恵子さんは、もともと黒人霊歌やブルーズなどのアメリカの伝承歌の歌詞研究を通して、社会的弱者や民衆の中にいきづく思いや文化を研究してきた方です。そうした経歴は本書の中にも充分に生かされていて、おとぎ話に託された人々の思いを読者にわかりやすく、かつ読み応えたっぷりに伝えることに成功しています。
おとき話に興味がある人はもちろん、人間にとって「物語」がもつ意味について考えを深めたい人にも推薦したい本です。