【ザ・バンドを愛した中国文学者・井波律子】
井波律子
『酒池肉林』
『破壊の女神』
『トリックスター群像』
『中国文学の愉しき世界』
『裏切り者の中国史』が面白かったので、井波律子さんの著作を続けて読んでいます。
井波さんの主要な業績といえば、『三国志演義』・『水滸伝』・『世説新語』・『論語』の個人全訳があげられるでしょう。これだけでも膨大な仕事量ですが、これらに加えて、歯切れの良い文章で、中国の歴史・文学の魅力を伝えてくれる著作を数多く残しており、中国の文化に対する格好の水先案内人となっているのです。
私がこの1ヶ月で読んだのは上の4冊。どれも楽しく読みました。
『酒池肉林』は「贅沢三昧」の視点から中国の精神史を語るもの。皇帝〜貴族〜商人と変遷する贅沢、蕩尽の諸相と歴史のブラックホールとしての宦官を経て、最後に富にとらわれない、精神の贅沢を体現した人たちに及ぶ構成が見事です。気軽に読めますが、参考文献にバタイユ『呪われた部分』もあり、井波さんが現代の思想も視野に入れていたことが窺えます。
『破壊の女神』は西施から西太后まで、歴史上活躍してきた女性列伝。纏足といった奇妙な悪しき文化のあった中国で、歴史に翻弄されながらも強く、たくましく、激しく生きた彼女たちの人生に胸を打たれます。
『トリックスター群像』は今回読んだ中で、もっとも読み応えがありました。『西遊記』・『三国志演義』・『水滸伝』・『金瓶梅』・『紅楼夢』の五大小説を〈トリックスター〉をキーワードに読み解いていく一冊。〈トリックスター〉の概念を拡張して、それぞれの小説に登場するキャラクターの魅力や、小説の構造を平明に解き明かしていく語り口が素晴らしい。
『中国文学の愉しき世界』は井波ワールドのショーケースといった趣のある小文集。奇人や講釈師、隠者などを取り上げた前半では「偉大なる失業の達人」が白眉。孔子・陶淵明・蘇東坡・唐寅といった偉人たちを〈失業者〉という視点で語ったユニークな文章です。
後半の掌編では、著者自身のことも語られているのですが、嬉しかったのはロック史に残る名グループで、私も大好きなザ・バンドをこよなく愛していることを知れたことです。これは他のところで見たのですが、なんでも彼らのステージを収めた映画『ラスト・ワルツ』を100回以上観て、なお飽きることを知らなかったとか。ますます井波さんのファンになってしまいました。