日影丈吉『ミステリー食事学』
そのペンネームに相応しく、というべきか、日本のミステリ史を彩る華やかな作家たちの影に隠れて、『かむなぎうた』や『内部の真実』(傑作!)等、独自の味わいのある作品を多く世に残した日影丈吉。彼には作家としての顔の他に、料理研究家としての一面もありました。なにしろ戦前戦後を通して、若い料理人にフランス語やフランス料理の講義をしていたというのですから生半可なものではありません。本書はそんな日影丈吉の特色がいかんなく発揮された一冊となっています。
毒殺や「凶器としての食品」から話は始まりますが、引用される書籍や紹介される料理の多彩さはさながら満貫全席の如し。ホームズやメグレ警部といったミステリの古典はもちろん、「孟子」や「紅楼夢」といった中国古典やギリシャ神話なども自由自在。料理となるといっそう話は拡がり、卵料理、ジビエ、アラブとユダヤの料理、デザートからお供えもの、悪魔に捧げる料理まで次々と供されます。ところどころレシピも挿入されるので、実践派の読者も充分満足させられるでしょう。そして最後は「食べ物の行きつくどころ」としてトイレの話しで締めくくり。食前から食後まで、サービスの行き届いた快著でした。