人間ゆたんぽ
実家の団地に住んでいたころ。
僕の部屋は死ぬ程寒かった。
エアコン無し。方角のせいで1年中日陰。
10月末には窓ガラスが滴るほどに結露して、本格的な冬になると白い息を吐きながら古いデロンギのオイルヒーターで充分部屋を暖めてから、電源を落として毛布にぎゅっとくるまって眠りにつく。
夜中には、せっかく暖めた部屋もすっかり冷たくなり、体の末端からじわじわと凍てついていく。
そんな遭難に近い環境で20数年暮らしていると、おもしろいことに自ら発熱するように身体機能が進化した。
ごめん、さすがに誇張しすぎ。
自由自在に体温を上げられるわけでも、基礎体温が上がったわけでもなく、布団に潜ると急激に体温が上がるようになった。多分、寝る前は極寒で体温を上げないと死ぬと、身体が覚えたんだと思う。
真冬でも、裏起毛でもなんでもない普通のスウェット、敷き布団には薄手のタオルケットを掛け、通年使える掛け布団とニトリの毛布1枚で寝ている。
布団に入った直後はさすがに寒いと感じるが、5分もすれば、暑くなって毛布を蹴飛ばしていた。
奥さん曰く、ゆたんぽより暖をとれるらしい。
就寝前のじゃれあいで奥さんの布団に入ると、熱いから出ていってと言われる。悲しい。
「熱い」と書いたが、ニュアンス的に「暑い」より「熱い」の方が近い。一体僕を何だと思ってるんだ。
今は実家を離れて6年が経とうとしている。家も断熱性能が高く、もう遭難することはなくなった。その引き換えに、「自動ゆたんぽモード」はだんだんと性能が落ちていってる。2年前はこの時期でも、足元に毛布を置いておくだけで良かったが、今年はすでに全身に被っている。
年齢による衰えなのか、文字通り温室で暮らす環境に身体が適応していったのか。
暑くて寝苦しい夜から解放されるのは嬉しいが、「人間ゆたんぽ」という話のネタが無くなっていくことに、一抹の淋しさを憶える。