恋のおまじない : Prolog



「わたしね、好きな人がいるの。」


 三ヶ月後に控えた修学旅行の観光ルートを班で相談する時間に、実咲みさきはマリにこっそり打ち明けた。

 山村やまむら 実咲と榎本えのもと マリの班は、早々にルートが決まって先生からも了承を貰ったので、暇を持て余していた。同じ班の男子三人は、今流行っているゲームの話で盛り上がっていて、他の班はまだ決めあぐねている。様々な話し声が飛び交う中であれば、自分たちの会話なんて誰も聞いていないだろうと、実咲は静かにマリに話した。

 マリは目を丸くして驚いていた。突然の告白に恥ずかしさを感じているのか、興奮しているのか、顔も少し赤くなっている。


 実咲が誰かに自分の恋心を話すのは初めてだった。昔からの友だちで双子のように仲が良いマリにも、今まで話したことがなかった。

 実咲とマリは同じ病院で同じ日に生まれた。出産してから退院するまでの間に母親同士が顔見知りになり、退院後も家族ぐるみでよく遊ぶようになったので、記憶のない頃からの縁だ。住んでいる家も歩いて五分程で近かったこともあって、週の半分は母親が集まって夫の愚痴や育休に理解の無い会社への不満を話している横で、二人で遊んでいた。

 同じ保育園に通うようになってからは、さらに二人で居る時間が長くなった。園内でも二人はずっと一緒に行動し、お迎えの後はどちらかの家に上がり込んで、夕飯の支度前に帰ることも多かった。

 小学校に入学して三年生になるまでは同じクラスで、一緒に下校してそのまま遊びに行っていた。四・五年生で初めて離ればなれになり、二人で遊ぶ頻度が減っていたが、小学校最後の年にまた同じクラスになり、修学旅行にも一緒に行けることで、実咲は浮かれていた。

 「三年生の時に同じクラスだった子なの。全然お話したこともないし放課後に遊んだこともないけど、三年生最後の日に、教室の掃除時間にふざけて遊んでた男の子にぶつかられて、転けてロッカーに頭をぶつけそうになったんだけどね、その時助けてくれたの。わたしの手をぐいっと引っ張って、倒れないように。それから、その人を見たらなんだかドキドキして、からだが熱くなっちゃうんだ。」

 実咲は、早口で好きになったきっかけを話し始めた。今まで黙っていたのに、一度言葉にすると止まらなくなっていることに実咲自身戸惑ってしまって、恥ずかしくなり、だんだん俯いていく。

 「何回か告白しようって思ったんだ。でも、同じクラスになったのは三年生の時だけで、入ってるクラブも違うし、授業の班もいっつもバラバラだったし、名簿の席も遠くて、席替えしても近くになったことなくてあんまり仲良くなるきっかけがなかったから、いきなり告白されたら気持ち悪がられるかなって思って、せっかく六年生になってまた同じクラスになったけど、なかなか声がかけられなくて。あ、ごめんね。名前言ってなかったよね。わたしの好きな人は・・・」

 実咲が名前を言いかける前に、マリは開いた手を実咲の顔の前に突き出して話を遮った。

「待って実咲。」

「・・・どうしたの?マリちゃん。」

 突き出された指の間からマリの顔が覗いている。目は大きく見開かれ真っ直ぐに実咲を見つめ、口元はきゅっと閉められ、真剣な表情をしている。


 マリは、目が人形の様に丸くて大きい。鼻も高く通っており、シルクのように白くきめ細やかな肌に、血色の良い桜色の薄い口唇がよく映えている。肩甲骨まで伸びた真っ黒で艶のあるストレートヘアは、マリの動きに合わせて揺れる度に、薔薇のような華やかさと葉の青さが混ざったゼラニウムのような香りが漂う。

 同性から見ても、とても美人だ。実際、◯◯くんから告白されたとか、上の学年の男子が教室までマリを見に来たりなど、「モテる噂」をよく耳にしている。本人からはそんな話を聞かされたことはないが、その噂も納得できる。


 そんなマリから真っ直ぐ見つめられ、実咲の心臓は強く波打つ。瞳の黒さに、どこまでも吸い込まれそうな感覚になる。


「実咲に、いいこと教えてあげる。」





To be continue


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