はやま

一度は諦めましたが、やっぱり小説を書きたくてはじめました。 書くことが楽しくて嬉しくてしかたがない40代。 だいたい嘘を書いています。 ■虚構日記:きっかり650字 ■掌編小説:~1999字 ■短編小説:2000字~

はやま

一度は諦めましたが、やっぱり小説を書きたくてはじめました。 書くことが楽しくて嬉しくてしかたがない40代。 だいたい嘘を書いています。 ■虚構日記:きっかり650字 ■掌編小説:~1999字 ■短編小説:2000字~

最近の記事

虚構日記:願いが叶う手帳

来年用の手帳を選んでいたら、どんな手帳をお探しですかと尋ねられた。 声のした方に顔を向けると、落ち着いた黄色のエプロンを身につけたマッチョメンが、すぐ隣に立っていた。 少し気恥しかったけれど、書いたことが叶う手帳を探していると素直に伝えると、マッチョメンはにっこり笑って、それならこちらですねといってオリーブ色の手帳を教えてくれた。 綺麗な色だけれど、いつも無難な色しか選ばない自分にはハードルが高い。 しかもカバーはエナメル加工。すぐに汚れてしまいそうでもある。 「本当に

    • 虚構日記:死出の道

      あと十日ほどで死ぬらしいので、旅に出ることにした。 借りていた部屋を解約しにいくと、大家は「そういう事情なら仕方がない」と即時解約を了承してくれた。荷物は好きにしたらいいと言われたので全部置いていくことにした。 愛犬の遺骨と遺品だけを入れたリュックを背負って部屋を出る。 「十日は短いようで長い」としょぼくれた顔で大家が言った。 行く場所は決まってなかったけれど、見納めだと思ったら海を見たくなった。 愛犬とよく車で行っていた海岸を目指してみることにした。車でしか行ったことが

      • 短編小説:祠の怪

        どんな鈍感な者でもあそこで怪異に出遭わない者はないといわれる山がある。 標高は知れたもので多く見積もっても山頂まで登るのに一時間とかからない。ところどころ崩れそうな箇所はあるものの、頂上まで続く細い山道には長石が配してあって、決して登りにくい山ではない。 げんに年寄りどもが連れだって登っているのをよく目にする。その小山で怪異が頻発するという。 むろん自分は信じてなどいなかった。 どういう話の流れだったか忘れたが、ある日の飲み会でこの山の話になった。 登ったというものも何名か

        • 掌編小説:丸坊主の怪

          後ろの席の団体客が怪談を話しているのが聞こえてきたものだから、試しに耳を傾けていると、どれもこれも聞いたことのある話でがっかりした。 なんだ、その程度のモノであれば自分にだって視える、と独りごちていると、隣の席で飲んでいた丸坊主が突然肩を掴んできた。 「あなた、視えますか」と問うので、「まァ、視えなくもないですネ」と答えた。 そうしたら、今度は「いまも視えますか」と問う。 無遠慮なのが気にはなったが、自分も暇なので、「入口から向かって左側の席に座っていますヨ」と答えると、

          虚構日記:猫にエールを

          三か月前から、わが家の八歳になる猫が勤めに出ているのだけれど、このところ浮かない顔をしている。 いつもなら帰ってくるなり早々にご飯を要求するのに、今日は背負っていたリュックを下ろすと、私に背中を向けて毛づくろいをはじめてしまった。 話を聞いてあげたいけれど、あいにく私には猫の言葉がわからない。 だからといって無視する気にもならない。もしかして会社にイヤなことをしてくる猫でもいるのだろうか。台所で夕飯の支度をしながら、そっと観察することにした。 猫は毛づくろいを終えると、て

          虚構日記:猫にエールを

          掌編小説:保留音

          久しぶりに連休が取れたので、実家に帰ることにした。 前回、連絡をせずに帰省し、ずいぶんと母を慌てさせた。 また何か言われるのもしゃくなので、連絡しておこうと携帯電話を手に取る。時刻は午後十一時をまわったところだった。 明日にしようか迷ったが、後回しにしたら、私のほうが忘れそうでもあった。 宵っ張りの母はまだ起きているだろう、ということにして、ベッドに寝ころんだまま携帯電話をカコカコと操作する。見なれた実家の固定電話の番号が表示されたところで、迷うことなく発信ボタンを押し

          掌編小説:保留音

          短編小説:パラレルボックス

          開け放した窓から、ひぐらしの鳴き声が聞こえる。 昼間の不快な熱は夕立にすっかりかき消され、西にある小高い山から下りてくる風は、ひそやかに秋の気配を包んでいた。この時期めったにない、気持ちの良い夕暮れに思わず頬がゆるむ。 ほとんど物のない薄暗い室内に、かろん、と氷がくずれる音が響いた。 「あかりさんはどうして結婚しないの?」 あかりさんが作ってくれた夏みかん酒のソーダ割りを飲みながら、わたしは小さな声で尋ねてみた。聞こえなければそれでもいいか、というような声で。 だけど、

          短編小説:パラレルボックス

          虚構日記:叔父さん

          最近、十歳の少年と知り合った。 今、わたしが書いている児童小説の主人公である。 その彼から、このところ連日苦情が届いている。 どうやら、自宅をオープン設計なデザイナーズマンションにしたせいで、秘密や謎に飢えているらしい。わたしのせいなのでどうにかしろ、と言ってきた。 たしかに両親ともにミニマリストの設定にしたのはわたしだ。そのせいで彼の家には極端に物が少ない。 整頓されたクローゼット。五十音順に並んだ本棚。潜り込めない床置きのベッド。キレイだけれど小学生には面白味のない家

          虚構日記:叔父さん

          掌編小説:履物

          天候が回復したらしいので土間で履物の手入れをしていたら義父が来た。 先月に連れ合いを亡くしてから、よほど暇なのか頻繁に顔を出すようになった。寂しいのでしょうから堪忍してくださいねと妻が笑って言う。もちろんだよ、と笑顔で答えながら義父を見た。 昼間だというのにもう酒臭い。呂律が回っていない。声が聞き取りにくい。垢じみた上着の襟首が汚らしい。排水溝に溜まった泥のような臭いがする。自分はこの男が大嫌いであった。 どうぞお父さんお上がりになって、と妻が言った。 内心で舌打ちを

          掌編小説:履物

          虚構日記:見られない

          夕方、動画配信サイトを開くと有名どころのゲーム実況者がこぞって同じゲームを実況していた。 サムネイルを見るかぎり、ホラーゲームらしい。 面白そうだったのでSの動画を見ようとクリックしたら【この動画はユーザーにより削除されました】となって見られなくなってしまった。 何か映り込みでもあって一旦削除したのかなと、とくに気にすることなく、次に表示されていたべつの実況者の動画をクリックしてみる。 一瞬だけサムネイルの画面が表示されて、すぐ【この動画はユーザーにより削除されました】

          虚構日記:見られない

          虚構日記:火星人のお礼

          駅舎内のコンビニで買い物を済ませて帰ろうとしていたら、切符売り場でまごまごしている火星人を見つけた。 バックパックや大量に抱えた紙袋に触手を伸ばして、あたふたしている。 まわりの人は関わり合いになりたくないのか見て見ぬふり。 せっかく地球観光に来てくれたのに、最後の思い出がこれでは可哀想だ。 「どうしました」と言語アプリを起動して声をかける。 はっとしたように火星人が振り返った。 彼(あるいは彼女)が首をかしげる。 「ええと」とスマホに文字が表示された。 「チケット代

          虚構日記:火星人のお礼

          虚構日記:欲望デパート

          ペンが欲しくて、久しぶりに欲望デパートに行ってみたら五階建てになっていた。 前に来たのはいつだったか。思い出せないけれど、そのときは、たしか十三階までは登った気がする。 ずいぶんと小さくなったものだ。最近は何でも買い控える人が増えているというニュースを見た気もするけれど、ここまで小さくなっているとは思わなかった。 高校生の頃を思い出す。 あの頃はいつ来ても五十階前後まであって、さんざん買い物をした後に最上階のレストランでどか盛りのミートソーススパゲティとケーキの乗ったパ

          虚構日記:欲望デパート

          虚構日記:第五富士

          あまり知られてはいないけれど、日本には富士山が五つある。 普段、富士山と呼ばれ、よく目にするあの山が第一富士で、第二、第三と続くらしい。 いずれも寸分たがわず同じ形をしていて、北海道(たしか釧路)にひとつ、石川県の近くにある無人島にひとつ、四国の真ん中にひとつ、残るひとつは九州のどこかにあるという。 小学校で習ったはずなのに、すっかり忘れてしまった。 いずれの山も、第一富士ですら、わたしは実物を見たことがない。 飛行機に乗っても、新幹線に乗っても、いつも方向の違う側の

          虚構日記:第五富士

          虚構日記:あとでやる子ちゃん

          あとでやる子ちゃんがまた来た。 本当の名前は知らない。彼女が来ると、何もかもが後回しになってしまうので、そう呼んでいる。 合鍵を渡した記憶もないのに、彼女はたびたび勝手にわたしの部屋に上がりこんでくる。 今日もまた、消えかけた星色のパジャマに身を包み、腕に大きな三日月を抱いて、にこにこと枕元に立っている。 時計に目を向けると、まだ朝の五時にもなっていない。 来るのが早すぎる。 そうでなくても今日はやることが目白押しだ。 帰ってもらおうと思って彼女を見ると、ナイトキャッ

          虚構日記:あとでやる子ちゃん

          虚構日記:オブジェ

          夢を見た。 男がひとり銃殺され、現場にはbarn(納屋)だかburn(燃やす、燃える)だかの文字が血で書かれていた。わたしは刑事でもないのに、なぜだか現場に連れまわされている。 意見を求められるわけでもない。それなのに、死体を指し示され、英語らしき言語で「見ろ」と命令される。 わけもわからず、知らない男の死体を見る。 青のチェックのシャツがところどころ焦げたように黒い。穴が開いているのかはわからない。次の命令が来ないので、その焦げ跡をじっと見ていると、わたしを無視して捜

          虚構日記:オブジェ

          虚構日記:再婚ドキュメンタリー

          五十八歳と八十六歳の男性研究者同士の再婚ドキュメンタリーが流れている。わたしは見知らぬうす暗い部屋にいて、そこにある小さなテレビで、その番組をぼんやり見ていた。 男性はどちらも子持ちで、それぞれに娘がふたりずついるらしかった。 「ふたりとも料理が好きではないので、食事の準備が一番大変ですよ」と言っていたが、用意された食事はどれも美味しそうだった。 テレビが来たから頑張ったというが、娘たちは特に喜ぶ様子もなく、普段の食事内容とあまり変わらない様子がうかがえた。 五十八歳男性

          虚構日記:再婚ドキュメンタリー