見出し画像

「新卒切符を有効活用しないともったいない」の呪いを解く

おはようございます、就活中のNariです。

先日、心がジリジリと痛むほど行きたいと思っている唯一の企業を残し、他に興味のあった企業にはESを提出し終わりました。


一時期の私からすると、これはすごい成長です。ESを書きながら泣くこともほとんどなくなりました。みなさまに勧めていただいた本も読み込んで、自己分析を進めたら、ESを最後まで書き切ることができるようになりました。

あれもこれも、優しい社会人の先輩方が励ましのコメントをくださったり、同じ就活生の方が共感の言葉をくださったおかげです。私は、ここ数ヶ月で抱えきれないほど大きなエネルギーをいただきました。また改めてお礼を言いたいのですが、本当にありがとうございます。


うまくまとめたように見えますが、実際、いまだに内定はおろか、面接も行ったことがありません。客観的に見たら完全に詰んでいます。でもいいのです。なぜなら、先日、愛聴しているラジオで「社会構成主義」という言葉を学んだからです。


「社会構成主義」とは、正しい!とか真実だ!と言われているものは社会が生み出しているにすぎないという立場のことだそうです。


例えば、1+1=2 がなぜ正しいとされているのか?

それは、社会が作ったたくさんの前提があるからで、具体的には「10進法や2進法」とか、「日常生活では10進法を基本的に使う」などといった複数の前提の存在が理由です。

私たちは日々、たくさんの社会が作った前提を胸に生きています。「〇〇すべき」や「〇〇しなくてはいけない」など。


今の私は、「新卒切符は有効活用すべき」「卒業したら即就職しなくてはいけない」「幸せになるためにはお金をたくさん稼ぐべき」などなどたくさんの前提カードを持っています。

ラジオパーソナリティの山口周さんいわく、これは、ある種の呪いなのだそうです。この前提が、真実かどうかなんて誰もわかりません。だから呪いと言い切れるのだと思います。


山口さんは、留年したことで鬱になってしまった人の例を挙げてこのように説明していました。

鬱になった原因は留年したことではない。原因はその人の持つ前提(呪い)による。例えば、「大学は4年で卒業しなくてはいけない」という前提や「留年するといい大学に就職できない」→「いい大学に就職すべき」という前提です。

留年が鬱を引き起こしたのではなく、この前提が鬱を引き起こしたのです。

多くの人は、「出来事→結果」の順番で物事を考えるけれど、本当は、「出来事→呪い→結果」の順番で、あいだにある呪いが抜けているのだそうです。

加えて山口さんは、「現実」と「自分の持つ前提」が一致していない状態の時にストレスがかかることを指摘していて、現実(出来事や結果)は簡単に変えられないけれど、自分の持つ前提は社会構成主義的に出来上がっているから、この前提を変えれば生きやすくなれるのではないか?とおっしゃっていました。


そして、前提を変えようとする時、キーになるのは、「なぜそう思うの?」という質問だそうです。

「〇〇べき」という考えはどこからきたの?誰が言ったの?なぜ?なぜ?と突き詰めていくと、どこかでその前提には確固たる根拠がないことに気がつくはずだというのです。

例えば.....
「四年で大学を卒業するべき」→なぜ?→「履歴書に"留年"と言う情報が載ってしまうから」→なぜ嫌なの?→「就活に響くから」→なぜ嫌なの?→「大企業に勤めたいから」→なぜ?「お金をたくさん稼ぎたいから」→なぜ?→「お金を稼ぐと幸せになれるから」→なぜ?それは誰が言ったのか?

確かに、こうして、突き詰めていくと、自分が正しいと信じてやまなかった前提が、真実ではなく、単なる呪いだったことに気がつきます。私が信じていたものは神様が作ったものではなく、社会がつくった前提だったのだ、と。

私は、「新卒切符を有効活用しなくてはいけない」という言葉の呪いにずっとかかっていました。

そしてこの呪いを解くためには、新卒切符を有効活用するしか道はない、と思っていました。(つまりこれが、現実を変えるということですね、でもこれはやっぱりとても難しかった。)

しかし、今回の話で言うと、自分の持っている前提を変えることでも呪いを解くことができるようです。

「新卒切符を有効活用しなくてはいけない」→なぜ?→「新卒を逃すと就職しづらくなるから」→なぜ就職しづらくなるの?→「大企業とかいい会社は第二新卒など興味ないから」→なぜ大企業がいいの?→「お金が欲しい、安定したい、etc...」→なぜお金欲しい、安定したい?→おっと・・・先ほどの例と同じところに行き着いてしまいました。

こうやって深掘りしてみると、自分の持つ前提が少しだけちっぽけに見えてきます。私は、このことを「前提が変わる」というのかなと思いました。(このように突き詰めて考えるだけで、完全に前提を変えられたわけではありませんが・・・兆しは見えたような気がします)

常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう。

Common sense is the collection of prejudices acquired by age 18.

アルベルト・アインシュタイン

彼が伝えたかったことはこの社会構成主義に基づいていたのではないかと考えました。


「新卒切符を使わなかったら終わり」


なんかじゃない。たくさんの可能性は私の手の中にまだまだ残っている。


世界は私が思っているほど残酷ではないようです。

ラジオを聴きながら必死にメモしていましたが、改めてこうやって自分のメモをまとめてみると、

たしかに「自分の持つ前提がどこからきたものなのかについて考えてみる」ということは、自分の持つ呪いを解くための大きな鍵になると思いました。


おまけ

そして、これは最後に山口さんも触れられてましたが、この「自分の持つ前提について考える」ということは、他人に対して寛容になれる方法でもあります。

相手にイラッとしてしまうのは、自分の持っている前提(〇〇すべきという考え)をその相手が守らないから。だから、相手に「〇〇すべきなのに、〇〇しないなんて許せない!」と思ってしまうのです。

こういったとき、自分の持つ前提はどこからきたのか?を考えることで、相手に怒りを向ける前に自分が呪いにかかっていないか、理不尽なことで怒ってないかを確認できるというのです。

私にとってこれは、すごくタイムリーな話で、数回前の投稿で私はまさにこのことについて悩んでいました。その時は自分の性格が悪いから、とだけで片付けてしまいましたが、まさか自分が呪いかかっていたとは、驚きと共になんだかすごく腑に落ちました。


最後に

相手に対してストレスを感じた時や、なんだかわからないけど「心がものすごく苦しい」と感じた時、一度自分の手持ちの前提カードを見返して、「現実がどの前提カードに引っかかっているのか?」そして「その前提カードは誰からもらったもので、どういう影響をもたらすことができるのか?」を考えてみることが、生きやすさのヒントになるなと思いました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?