見出し画像

『阿房列車』内田百閒 列車に乗ることが旅

 旅は、列車である。名所旧跡、自然、味覚ではない。列車に乗ることが旅であると言うこの作者との出会いは、一冊本となった『阿房列車』からである。実は、この作者は、夏目漱石の弟子としても有名だ。もちろん、読んだ時は、そんなことは知らずに、この頑固者で、よくビールや酒を飲む男の語り口に酔いながら、自分も一緒に乗り合わせた1人の様に楽しめた本だ。
 
 のちに、ちくま文庫で全集が出たので、自分は、漱石、柳田國男に続いて、この内田百閒の文庫本全集を揃えている。

 自分は、小3の時に父の転勤で北九州から千葉県へとやって来た。それから、大学を出るまで、学校の長期休業の折には、寝台車(ブルートレイン)や新幹線で帰省しては、祖父母宅で過ごすことが楽しみだった。その時の列車に乗る楽しさと行きと帰りの想いの違いを感じて成長してきた。

 百閒先生の阿房列車を読むと、つい寝台車の通路の折りたたみ座席で、深夜、ずっと東海道本線や、山陽本線を見つめたことが思い出される。ああいう時間が、どれだけ自分の人生で大切で豊かなことだったのかを、還暦を越えた今、とても痛切に感じている。自分とだけ、向き合えた貴重な時間だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?