家族になっていく
「お母さんのにおい、いいにおい〜。」
わが子がぎゅっと、私の胸に、顔を押し付けてつぶやく。
前までは顎の下にすっぽり収まっていたねこっ毛の頭が、鼻の下まで届いてくすぐったい。
「今日も1日がんばってきた匂いがするねぇ〜。」と、私も嗅ぎ返す。
私の枕の匂いも好きなようで、寝室に行くと、顔をうずめている。
自身もそうだったと思い出す。
私は、親に悩みやプライベートなことを話せるタイプではなかった。
本音は話したかったのに。
もっと、子供時代、自分の心に正直になっていればよかったなと思う。
面と向かって言葉で言うのは照れくさかったり、心配させたくなかったり…。
毎日顔を合わせるのに、言う機会は沢山あるのに、本音は言えず、当たり障りのないことばかり。
今思えば、疲れた時とか、甘えたい時だとか、母の枕に顔をうずめて、その匂いを嗅ぐと、なんだか、落ち着いて過ごせていた。
わが子が枕に顔をうずめる姿が、昔の自分と重なって見える。
私からも、そんな匂いがするようになったのだろうか…。
親より、友人と過ごすことのほうが楽しい時期。門限や出かけ先等、他の家庭よりうるさく、カタイことばかり言う両親に嫌気が差し、反抗的だった頃。
匂いを嗅ぐことも、とうに無くなり、そんなことなど忘れていた。
大学も、下宿しないで通えるところを選び、一人暮らしは経験できなかった。
仲の良い友人たちは、みな下宿。
朝が来るまで誰かの家で過ごせる身分が羨ましかった。
それなりに楽しかったけれど、もう少し羽目を外してみたかった。
自由になりたい!!早く自立したい!!!とあんなに願っていたのに。
就職し、結婚が決まり、実家を出ることになったあの日。
当日までは、普段通りだったのだけれど…。
別れ際、両親の顔を長く見ることができなかった。
今までの感謝を伝えたのだけれど、何を言ったのか覚えていない。
両親は、見えなくなるまで家の外でこちらを見ていた。
二人とも、年をとったな…。
あんなに小さかったかな…。
あんな顔、初めて見たな…。
荷物でいっぱいの車を運転しながら涙が止まらなかった。
父と母、二人が築いてくれた家族という場所が、どれほどあたたかくて、安心できる場所だったか。
戸籍を夫の籍に入れて、名字も変わり、別の家族を築いて行く立場になった。
もう、養ってもらう子供としてあの家に帰ることはないと思うと、今更、その実感が雪崩のように襲ってきて、引越し先までの国道を、ずっと泣きながら車で向かっていた。
信号待ち、心配そうに見ている対向車からの目線を気にする余裕もなく、車内は嗚咽が止まらなかった。
女と男が出会って築いた家族というものと、家庭という場所のあたたかさ。
私もそんなものを、そんな場所を、築けるだろうか。
新居が近づくにつれ、涙もひいて、夫に会う前に心は落ち着いて。
今は、このドライブが、本当の親離れだったと感じる。
まずは、結婚うんぬん関係なく、しっかり自分の足で立って生きていけるように励んでいこう!
両親からもらったものと、今まで経験してきたことを総動員させて、この人と、安心できる家族、家庭を、築いていこう!!
そんな意志が固まったあの日から15年経った。
わが子の、甘酸っぱい、若い可能性いっぱいの匂いを嗅ぎながら、時に言い過ぎたり、フォローしたり、試行錯誤しながら、家族をしている。
仕事も、育児も、自分自身も、思うようにはいかないけれど、今できることを精いっぱいやりながら築いてきた今だから。
家族15年目…。
家族ってつくるものじゃなく、なっていくものなんだな。
これからどんな家族になっていくか、わからないけれど、みんなで築いていくのが楽しみだ。
わが子と一緒に眠りにつきながら、私の枕からも、お母さんの匂いがした…。