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0809_出会いで生まれた10年間

昨日から8連勤がスタートした。お盆がくるぞ〜〜

まぁ、別に、連勤は平気なのだけど、連勤最終日を迎える頃には8月も中旬だと思うと、なんだかなぁ。

夏は始まったばかり、わたしの好きな秋冬へはまだまだ長いなと思っていたのに、8月の終わりが見えちゃいそう。


さっさと時が過ぎて行って欲しいと思ういつも通りの私と、なんとなく止まっていて欲しいと思う珍しい私と、ごちゃごちゃしている心の中。なんで?


こういう時はいつも自分の中で唱える。

「どう過ごしたって、いくら楽しんだって、
 悲しんだって、恋しがったって、
 同じように1日は終わって、また1日が始まる。」


結局、時の流れを私たちはどうすることもできない。


この間、友人と中学校の卒業アルバムを見ながら思い出話をひたすらにして夜を過ごした。

私たちって本当に、同じクラスにいて、同じ教室で同じように机に向かって授業を受けて、体育大会や文化祭、修学旅行を一緒に過ごした時間があったんだな。

形として残る写真や動画、文集を、存在した時間のはずなのになんだか他人事のように眺めてしまった。


あの頃は週5で必ず会えるにも関わらず、学校帰りや休みの日にも会って、サイゼに行って勉強をしたり、恋バナをしたり、お泊まり会なんて数え切れないほどして、バレンタインを一緒に作ったこともあったよね。

あ、これに関しては全部、自分達用だったような。
どれだけ食べるのよ。



同じ教室で過ごした時間はたったの1年。

その後は交わることのない、それぞれの選択した環境が続いたにも関わらず、友人関係は何も変わることなく続き、かれこれ10年。

たった1年を共に過ごしたクラスメイトが、いつの間にか私の人生に欠かすことのできない大切な友人になっていた。



人との出会いってすごいな。
私は何度、彼女に寄り添ってもらい、助けてもらったか分からなくて。


深く傷付くことになる原因の一つに人との関係があるけれど、思いっきり満たされる瞬間に"人"がいることもまた事実で。

私はできる限り、後者の"人"で居続けられる人生を歩みたいな。大切な人たちを幸せにしたいし、これから出会う人たちも大切にできる私でいたい。


1人も楽しいし、十分幸せになれるのだろうけど、実際それを何年もかけて自分自身で試してきたけれど。

でも、与えて、与えられて、でしか生まれることのない幸せもあるよね。

誰かに想ってもらえることは、誰かの人生の一部になれることは、やっぱり幸せだった。



電車に揺られながら、いま、文字にしている最中で。

今日はどうしても行きたいところがあって、何日も前から、そして今日の午前もずっと悩んでいた。

「気にしなくていいから行っておいで」と祖母に背中を押され、それに甘えさせてもらい、仕事を切り上げて向かっている。(連勤と言いつつゆるすぎ、ごめんなさい)

この話はまた、別の機会に残すことにしようかな。

今日のことを書くはずの日記なのに毎回別日の振り返りをしているのは、まぁ、私らしくていっか。


帰りに、美味しいものでも買ってから帰ろう。


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