至上の愛
1992年、12月3日、4日、新宿ピットインにて行われたジャズライブはまさに、歴史的なものになった。
その様子がこのCDに収録されている。
ドラムス、エルビン・ジョーンズと、トランペット、ウイントン・マルサリスの共演、そして演奏されたのが、「至上の愛」である。
それはこの二人ばかりか、ピアノのマーカス・ロバーツ、ベースのレジナルド・ヴィールも巻き込んで、神がかり的な、それでいて、ジャス本来が持つ楽しさと自由さをも持ち合わせた異色のものとなっている。
「至上の愛」はジョン・コルトレーンのまさに代表作で集大成ともなった曲である。
レコードジャケットに写し出されたコルトレーンの憂鬱そうな横顔が印象的だ。この曲は、私にとっても重要なものであり、最後に買ったレコードでもある。
人の音楽遍歴など、聞いても、面白くもないだろう。それは分かっている。ましてや、したり顔で、持論をとうとうと述べられても、辟易するだけだ。だが、この話はそこから言わなければ伝わらない気がする。
地方の労働者の町で生まれ育った私は、故郷を離れるまで、ジャズとか、クラッシックとかとは無縁の生活だった。
周囲にある音楽といえば、歌謡曲であり、民謡であり、たまに慰安会があるときは、大衆演劇であり、浪曲の世界である。
高2の夏、私は初めてひとり旅をした。
大阪の叔父を頼って、その帰りに、京都に寄った。それまでも、生まれ育った町の近くの都会には何度か行ったことがある。だが、京都の街は、全く、趣が違った。鴨川のほとりを学生たちが楽しそうに歩いていた。こんなところで、学生生活を送れたら、どんなに幸せだろう。それがその時の私の第一印象だった。
高校を出たら進学などせず、地元で就職するのが、自分の決められた将来だと、そう思っていた。だが、わたしはたとえ苦学しても、京都の町で、大学生活を送ってみたい、と思うようになった。
二年後、私は京都のD大学に入学した。故郷を離れ、あこがれの京都での大学生活を始めたが、これは別の投稿でも書いたように、生活費を稼ぐためのバイトばかりの日々で、決して華やかな学生生活ではなかった。
そんな中でも、田舎にいては経験できないことも、いくつかは味わった。そのひとつがジャズという音楽と出会ったことである。
ジャズという音楽を知った私はたちまちその魅力に虜になった。廉価なレコードを買っては、京都在住で同じゼミのO君の実家に行き、大きなステレオでそれをかけてもらった。今思えば迷惑な話だ。有名なジャズ喫茶にも通った。それを聞いてるうちはいつもしつこく纏わりついている憂鬱を忘れることが出来た。
私はその頃、自己矛盾に苛まれていた。意気揚々と故郷を出てみたが、現実は厳しく、自分が何もできない無価値の人間に思えていた。青年期特有の潔癖さも手伝って、しかも理解してくれる友人も恋人もいなかった。その時期が夢中になってジャズの世界にのめり込んでいたころと重なる。
心が弱っている時には悪いことは重なるものだ。定期健診で私は重い肺結核に冒されていることが発覚した。そろそろ就職活動が始まろうとするころである。大袈裟に言えば、私はおのれの未来の扉がゆっくりと閉ざされていくのを感じた。その頃買ったのが、ジョン・コルトレーンの「至上の愛」である。
「この世に神も仏もあるものか」と考えていた。それなのに「至上の愛」?買ってはみたものの、私はなかなか聞く気にもなれなかった。しかし、その一方で私は切実に「何か一途に信じれるもの」が欲しかった。コルトレーンが表現する「至上の愛」がもし単純にキリスト教的な神の愛だとしたら、いまの自分には受け入れられない、そう思った。
結局、私は図らずも捨てたはずの故郷に療養のために帰ることになった。屈辱以外何もない帰省だった。私はそれ以来あれほど夢中になっていたジャズを聴くことをやめた。「至上の愛」のレコードは世話になったO君にあげた。
とんだすれ違いだ!
その時、ジョンコルトレーンが表現したかったことを、万分の一でも理解していたら、私の人生はいくらか変わったものになっていたかもしれない。
「至上の愛」、発表の2年後、コルトレーンの世界が分からないと、ドラムス、エルヴィン・ジョーンズはメンバーを離れている。メンバーにしてそうだ。
だが今なら分かる。長い経験と挫折をを経て、悟る真理もあるのだ。
私はのちにその頃のコルトレーンがおのれの音楽性、精神性を真摯に追及して、キリスト教的宗教心のみならず、インド哲学にも興味を抱き、宇宙真理にも考えを巡らしていたことを知る。「至上の愛」はまさにそうした葛藤と混乱のなかで生まれた珠玉の作品だったのだ。
「至上の愛」を発表したわずか数年後の1967年、ジョンコルトレーンは逝去する。その20数年後、エルヴィンは天才トランぺッター、ウイントンマルサリスを擁して、新宿ピットインにて「至上の愛」を演奏する。冒頭で述べた伝説的なライブである。
そして、私はCDを通して、音楽を通して、その世界を追体験する。若き日の苦い思いも噛みしめながら・・・。
きっと、「至上の愛」は存在するに違いない。
それは、私にも優しく降りそそいでいる。
そう信じている。