元に戻すために今ここで看護する。
回復を信じて付き添い看護に取り組む
病院から付き添い看護を提案されたのは、命に関わる重篤な状態であり助かる可能性が極めて低い状況だからについては前回のnoteにも書きましたが、
確率が高かろうが、低かろうが何を信念に行動するのは受け取る人次第。
駆けつけたその日、「ねぇ、朋子(ともこ)って分かる?」の問いかけに一切反応しない状態を見てさえ「また前みたいに、お話ができる」をあるべき姿として、これ以降私の付き添い看護者の役割は「元に戻すこと」となった。
無機質な部屋と後悔
駆けつけた日は23:00を回っていて、1週間ぶりに入る母の病室に衝撃を受ける。色味も、香りも何にもない部屋だった。初めて体験する彼女らしく無い個性がない部屋。
病室とはいえ部屋の主人がいれば、生活の匂いが籠るものでそれが全てがなかった。本当の無機質が私の心を締め付ける。彼女は2週間かけて、徐々に意識が弱くなり、そして出来上がったのがこの部屋なのだ。こんな状態は患者のクオリティ・オブ・ライフに影響するだろう。意識がなくても、嗅覚と聴覚は機能しているのだから。
この日は自作のパイプ椅子ベッドに横になりながら、同じ明日が当たり前のように来ると疑うことなく過ごした日々、私の人生の輝きである母を後回しにしたこと、コロナを理由に2年間も帰省をしなかったこと、騒ぎすぎる世の中の風潮に完全に迎合してしまった自分を恨めしく思った。
私ができることは何かを考えて決める
後悔と反省は大事、しかし沈んだら本当に終わってしまうから、何かをしなければと考えていた。だって、元に戻して、また私は母とお話をするのだから。
病院に駆けつける間に状況を共有していた女友達と深夜のLINEメッセ。私が衝撃を受けた「無機質な部屋」の様子を泣きながらLINEで綴り、そんな中”香りがもたらす効果”に話題が進み。彼女が好きな香りや、癌患者特有のむくみをマッサージで和らげることは効果的だろうとなった。
使っていた雑貨アイテム、お気に入りの化粧品を使い、彼女を病院一いい香りがする患者さんにしてあげようと思った。
マッサージは1日4回違う香りを使い戻ってこいと念を送る。
彼女が好きな香りは私が大学生の頃に通い始めた新宿のエステで紹介されてから定番となったイランイランエッセンス。女友達厳選の2022年9月人気のボディークリーム3選に、毎回CBDオイルを混ぜてマッサージをした。
がん患者特有の浮腫は、想像を超える張りと冷たさだった。
マッサージといえば強くて痛いのが好きだった彼女だが、がん患者の浮腫は痛みを伴うものなので、強いマッサージは良くないとのこと、「手で下から上に撫でるように根気よく何度も何度も優しく触るマッサージ」をした。
マッサージは1日4回を基本に、意志を言葉で伝えることができない母の様子を見ながら行った。
1日やっただけでとても良い香りに包まれ、これが彼女にも届くことを心から願っていた。
口呼吸で乾く母の口には、15分に1回の給水
意識が無い誤嚥の危機がある患者は水分を飲みことむことはできない。しかし口の中の渇きは、意識がなかったとしても不快で口腔衛生上もよく無く、それが原因で肺炎になることもある。まずは口の中を潤すこと。そのためスワブという、スティックがついたスポンジを使って少しづつ水分を与えて、口の中を潤していく。時には、介護用の口の中を潤すジェルや水分を使わない歯磨きジェルも使い口腔状態を改善してく。
美容のため健康のためとよく水分をとりデトックスと楽しそうに言っていた、心身ともに水分の潤いに包まれていたような母が水分補給ができないなんて不憫でならず、私が水分を補給するのと同時に母ににスワブスポンジで口を潤していた。大体15分に1回のペースである。
私が母から口の中を掃除してもらうのはあっても、私が彼女の口の中を掃除する日が来るなんて・・・。いろんな気分が入り混ざる。口には舌苔が溜まり、意識がはっきりしてなくても痛みや不快感は感じるものだから、より快適になるように努めた。
彼女の口を潤し掃除して、マッサージをする。それが看護中の主なルーティーンとなった。
割れる家族のスタンス
母の状態を見て、助かって欲しいと思ってはいるものの、諦めの心境に傾き家族はもしもの時のための準備に入っていた。大人として理解はできるがどうしても賛同できない過程だった。
人生において「諦めが悪い」は良くないことが多い。私だって理解している、スポーツのようになんでも再挑戦が許される時や、仕事で大きな負債を抱えたとしてもリカバリーできる方法やセーフティーネットがなあるなら時間と体力を優先して諦めることができるかもしれない。しかし、こと人の命しかも、母親の危機において、いついかなる瞬間でも「諦め悪く、大騒ぎし、助けて!きっと助かる!」と足掻かないでどうするの?という気分の私は、家族とのスタンスの差を感じながら、絶対に負けたくない、「母の生命力を舐めんなよ!」って気持ちで毎日付き添い看護をしていた。
患者さんを相手に病気と戦うを生業にする病院とどう連携したら、私の母はより快適にそして元に戻るのかについて話し合う日々が続く。
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