「タキシードではなく作業着の言葉」で紡いだ企業理念。地域の「当たり前」を下支えする釜石の建設会社の挑戦。/【事例】岩手・青紀土木
会社が進むべき方向を示す“羅針盤”となる企業理念をつくった岩手県釜石市に本社を構える建設会社・青紀土木。羅針盤ができたことで、迷うことなく、一歩二歩と前進できると語ります。
地域活性化起業人として岩手県釜石市へ派遣されている池井戸 葵さんが、代表取締役社長の青木 健一さんと一緒に「想いを言語化する」取り組みをされたそう。
お二人に、言語化に取り組もうと思った背景や言語化のプロセス、今後の展望をインタビューします。
創業以来、地域の「当たり前」を下支えしてきた建設会社
─── はじめに、 青紀土木さんについて教えてください。
青木:1980年に岩手県釜石市で創業し、現在44年目の建設会社です。創業者の父は外から釜石に入ってきた、いわゆる「よそ者」。創業当初は大変な時期もあったようですが、こつこつと地場の民間企業との信頼関係を築いていき、今の青紀土木があります。
一般的な建設会社では、公共事業の売上シェアが高いのですが、青紀土木は民間事業が売上の7、8割を占めています。民間事業では、JR東日本の東北新幹線くりこま高原駅~いわて沼宮内駅間、釜石線や三陸鉄道のリアス線全線などの鉄道土木や、日本製鉄釜石地区の設備修繕、誘致企業の外構工事などを行なっています。
─── 地域に根付いた建設会社なんですね。HPを拝見し、「地域の未来を、支える。」というキャッチコピーと社員の方々の仕事風景のお写真がとても印象的でした。青紀土木さんは、どういった想いをもってお仕事をされているのでしょうか?
青木:地域の「当たり前」を支えることが、私たちの使命です。
─── 「当たり前」を支えるとは、どういうことでしょうか?
青木:朝起きてスイッチを押すと電気がつき、蛇口をひねると水が出て、顔を洗った水が下水に流れる。外に出ると、舗装された道路を歩くことができる。こういった「当たり前」の生活を私たちがつくり、守っているという自負をもって事業を行なっています。
─── とても素晴らしいですね。ですが「当たり前」は日常に溶け込んでいて、表立って感謝されることは多くはない気がします。
青木:それでも私たちは、縁の下の力持ちとして「当たり前」を下支えしていることに誇りをもって仕事をしています。
想いを言語化したい
社員に想いを伝えたい
─── では、今回の取り組みを始めるきっかけとなった出来事を教えてください。
青木:昨年の1月頃ある友人に、私の好きな漫画『釣りキチ三平』を好きな女性がいると教えてもらったのが最初です。池井戸さんに出会い、「想いの言語化」に取り組んでいることを聞きました。とても素晴らしい活動であり、「そんなことをやっている方がいるのか」と驚いたのを覚えています。
─── 「想いの言語化」の内容を聞いて、どうして一緒に取り組みたいと考えたのでしょうか。
青木:池井戸さんとの出会いがチャンスだと感じたからです。
青紀土木は、震災復興が一段落して次のフェーズに移っていく分岐点にいました。震災以降に入社した社員も増え、皆が心を一つにして進んでいかなければならないと思っていたときに、池井戸さんと出会ったんです。
これまでも多くの方から支えられ、今の青紀土木があります。ずっと助けられてきた私がこのタイミングで彼女に出会ったことはチャンス。彼女の力を借り、私の想いを言葉にしたいと思い、お願いすることにしました。
─── 社員に想いが伝わっていないことを課題に感じていたのでしょうか?
青木:そうですね。私は社長になる前、専務として仕事をしていました。息子で専務で、父の一番近くにいる存在。そんな私でさえ、父がどういう想いと覚悟をもって会社を経営していたのかを、しっかり理解できていませんでした。
だから、意識して見えるようにしなければ社員たちに伝わるはずがない。社長である自分自身の想いを整理して、言葉にして届けたい。池井戸さんにどうしても一緒にやってほしいと思いました。
震災復興が一段落し、次のフェーズに進みたい
─── 言語化する必要性を感じながらも、それができていない。もどかしさを抱いていたんですね。
青木:実はそうなんです。震災から10年、私たちは「日常の下支え」ではなく、もっと手前の「当たり前の日常」、津波によって壊された町を取り戻すという本当に大変な作業をやってきました。120%の力で走ってきて、肉体的にも精神的にも疲労が溜まっている状態。そして皮肉にも、町が出来上がれば、私たちが活躍する場所はなくなっていく。それでも役割を果たすべくまた頑張るために、想いを伝えていくことが重要だと感じていました。
また、会社の将来を考え、新しい仲間を増やしていきたいと思っています。新しく入社した社員に私たちが震災で戦ってきた想いを伝えなければ、また同じような困難がやってきたときに、一枚岩となって立ち向かうことができないとも感じていました。
─── 「当たり前の日常」をつくるのには大変な労力が必要だったと思います。
青木:1000年に一度といわれる災害からの復興は、膨大な仕事量で、社員も増えました。しかし、復興が一段落してからは仕事量は激減してしまったんです。
仕事が減ったからといって、社員を減らすわけにはいきません。どうしようかと考えていたときに、地域の課題である林業に取り組むことにしました。周囲からは「社員を減らしたほうがいい」といった反対がありました。しかし、10年以上一緒に走ってきた社員を減らしたり、お金儲けだけのために社員の気持ちを無視した仕事をしたりして会社を存続することは、私の中では絶対にあり得ませんでした。
地域に向き合い、地域の課題に取り組む。地域の未来を繋ぎ、つくっていく。「日常の下支え」をするため、林業にチャレンジしています。
池井戸:地域のためになっていて意義を感じられ、かつ売上にもなる仕事を模索し、それが林業だとなったんですよね。とても青木さんらしい決断だと感じました。
人を動かす言葉の力を感じた
─── 「日常の下支え」をする仕事の意義を、言語化して伝えていきたいと考えられているんですね。
青木:言葉にしなければ誰も動きません。仕事内容は同じでも、そこに想いがあるかないかでやり方は変わると思っています。
人生において仕事をする時間は、家族といるのと同じくらい長いです。仕事に気持ちが入っていなければ、もったいないし許されないことだと思っています。だからこそ、同じ想いをもつ人たちと一緒に仕事をしたいんです。
二人三脚で想いを言語化する
心の中にあるもの全てを洗い出す作業
─── では、どういった過程で進んでいったのか教えてください。
池井戸:まず、青木さんが大事にしている価値観を知るために、様々な角度から4回ほどヒアリングをさせていただきました。気になった言葉は深堀りしていって情報をまとめ、お互いの考えをすり合わせながら形にしていきました。
青木:青紀土木の存在意義や創業からのストーリー、社員への想いなど、あらゆることを聞いていただきました。好きな歴史上の人物などもありましたね。心の中にあるものを全て洗い出してもらった感覚です。
─── 歴史上の人物まで!池井戸さんはどのようなことを思ってそういった質問をされたのでしょうか?
池井戸:青木さんの価値感を一番理解できる人になりたいと思ったんです。青紀土木の想いを言葉にする上では、私の思うことが正しいのではなく、青木さんの思うことが正しいんです。
青木:彼女自身、素敵な言葉をたくさんもっているのですが、私が私自身の言葉でどう表現したいのかを一緒に探し続けてくれました。「地域」という言葉一つとっても、「地域とはどこのことをいうのか」「どうして地域を大切にするのか」などと、かなり詳しく話を聞いてくれました。
─── 言葉の定義をそろえていくイメージですね。
池井戸:そうですね。青木さんから、仕事への熱い想いをたくさん聞かせていただき、感銘を受けました。特に印象的だったのは、社員を大切にする姿勢です。「社員」という言葉が出てくる回数がかなり多かったですね。
青木:池井戸さんは社外で私の一番の理解者だと感じています。
タキシードではなく作業着の言葉で紡ぐ
─── 言語化の作業は、スムーズに進んでいったのでしょうか。印象に残っている出来事があれば教えてください。
池井戸:最初に提案をした際、「ちょっと待ってくれ」とストップがかかりました。最初に青木さんからご相談をいただいたとき、採用でも使いたいと聞いていたので、求職者の方が見て「入ってみたい」と思うようなキラキラした言葉でまとめたんです。すると、青木さんから「誠実に等身大の自分たちを伝えたい」と言っていただきました。
青木:タキシードを着たときのような、かっこいいものをつくってきてくれたんです。でも私たちはいつでも作業着で戦わなければならないし、作業着が正装なんです。タキシードを着てかっこいいフリはできますが、そこに共感してくれる人と一緒に仕事がしたいわけではありません。
よそ行きではなく、いつもの私たちを見て集まってくれる人に届く文章にしたい。だから、ありふれた言葉を紡いで伝えなければいけない。とても素敵な文章でしたが、つくり直してほしいと伝えました。
─── タキシードではなく作業着の言葉。とても青木さんらしいなと感じます。
青木:私自身の心の迷いもありました。人を採用したいという思いも正直あるので。ですが、私の考えをちゃんと伝えて、社員の道しるべになるような言葉をつくりたいと思いました。私は、作業着が汚れても、笑ってくれるような人と仕事をしていたいんです。
池井戸:たくさんお話を伺っていたので、すごく反省した点でもありましたし、今後大切にしていくべき姿勢を教えてもらった経験でもありました。
青紀土木の羅針盤として
─── では、できあがった言葉を改めて見て、青木さんはどのように感じられていますか?
青木:この「羅針盤」は、時間が経てば変わっていくかもしれません。しかし、これがあるからこそ、私が思う青紀土木の進むべき道を皆に共有でき、皆で前進していくことができると思っています。
羅針盤の中には、「想い」「使命」「成し遂げる夢」「大切な価値観」「私たちのお客様」「選ばれる理由」という項目があります。青紀土木のありたい理想の姿を、どのように実現していくのかを体系的に示してくれています。どの建設会社も突き詰めれば同じ夢にたどり着くかもしれませんが、青紀土木だからこその想いを、しっかりと言葉にしてくれました。
─── 青紀土木が進むべき方向を示してくれる「羅針盤」のような存在なんですね。
青木:いつもバックに入れていて、事あるごとに見返しています。悩んだり迷ったりするときに見て、前に進んでいきたいです。
これから全社員に配布します。この1枚のためにどれだけの時間をかけ、どれだけの想いをこめたか。私はこの1枚を自信をもって出すことができます。
池井戸:ありがとうございます。青木さんが道に迷ったときに、原点に戻って見つめ直すことに使っていただけたら嬉しいです。
内容については、現段階の羅針盤です。会社の成長によって変わるものだと思いますし、もっとスマートになったり充実したりしていくと思います。
─── 今の青紀土木にとっての羅針盤となっているんですね。
青木:先日、林業をやっている若手社員との面談でも使う機会がありました。その社員は、会社はこれからどう進んでいくのか、会社は林業に配属された自分たち社員のことをどう思っているのか、と不安を感じているようでした。
そこでこの羅針盤を見せながら話をしたんです。「林業は地域の自然を守り循環させ、人が生きていくために必要な仕事。安心して仕事をしてほしい」と伝えました。早く全社員に配りたいです。
いつでも一番に頼ってもらえる地域の建設会社に
─── 想いの言語化を通して、感じられていることを教えてください。
青木:私の価値基準となっている「心のものさし」に刻まれた目盛りをさらけ出した感覚があります。羅針盤には、言葉の背景をしっかり書いたので、社員の誰にでも理解してもらえると思います。
池井戸さんが本気で心を砕き、形にしてくれたことは大きな財産です。見えない想いを見えるようにして価値を与えてくれたことは、とても尊いし素晴らしい。地域活性化起業人として釜石に来てくれて、会社にとっても地域にとっても素晴らしい連鎖ができているので、続いていくといいと思います。
池井戸:ありがとうございます。釜石の人に喜んでいただけるように頑張ります。
─── 池井戸さんは青紀土木さんとの取り組みを通じて、どのような変化がありましたか。
池井戸:見えるものが増えました。私の「当たり前」は当たり前ではないんだと感じられるようになりましたね。例えば、道路の脇に寄せられている土を見て、「通りやすくするために、青紀土木さんがよけてくれたのかも」とか。青紀土木さんは、地域の人々が気持ちよく過ごせるように、という思いで活動されています。地域への強い想いがなければできないことです。
─── 今後、青紀土木さんはどのような会社になっていきたいと考えられていますか?
青木:地域の皆さんからいつも一番に頼ってもらえる建設会社でありたいと思っています。
1,000年に一度の震災を経験し、震災復興では、たくさんのがれきを片づけさせていただきました。がれきはごみではなく、津波で流された人々の家や財産です。それを私たちの仕事として片づけさせていただいたということは、私たちは、地域のこれからに責任をもたなければならないと思うんです。地域の一員として「未来責任」を果たしていきたい。
だからこそ大切にしたいのは、地域の皆さんの「困った」や「やりたい」に寄り添うこと。林業によって地域の自然の豊かさを守り、はぐくみ、次世代にまで繋いでいくこと。池井戸さんに力をお借りしたので、さらに頑張っていきます!
編集後記
青木社長のお話を伺い、一つひとつの言葉に込められた想いに、胸がじーんと熱くなる感覚がありました。その想いの背景にある原体験や周辺情報、青木社長自身の哲学などすべてを聞き、「伝えたいこと」を届くように言語化していった池井戸さん。お二人の間には強い絆を感じました。
【インタビュー・執筆・編集:みやたけ(@udon_miyatake)】
*島根県雲南市でも、地域活性化起業人が活躍しています!