私の中の九尾と和解するその日を願って
皆さんは、あの大ヒット漫画『NARUTO』にて登場する「九尾」という存在をご存知でしょうか?
九尾とは
九尾 (正確には九喇嘛) とは、主人公うずまきナルトの体内に封印された狐の化け物のことです。
尾獣は全部で九体存在し、それを封印された者たちのことを「人柱力」と言います。
ナルトもそのうちの一人です。
尾獣は暴走する危険性があるため、人柱力には、尾獣を抑え込む強靭な精神力が要求されます。
かつて九尾は「木の葉の里」に現れ、破壊の限りを尽くしました。
九尾が里を襲ったとき、当時の火影でありナルトの父親でもある波風ミナトは妻のクシナと協力し、苦渋の決断でまだ赤子だったナルトの体内に九尾を封印しました。
こうして里に平和が訪れました。
しかし、ここからナルトは体内に宿る九尾によって苦しめられることになります。
感情の高ぶりによって九尾が暴走し、周りの人や物を傷つけます。
それによって周りから白い目で見られ、なかなか周りとなじめず、だんだん心もすさみ…
と言ったようなストーリーになります。
(詳しくは原作をお楽しみください!)
私の中の九尾
私にとって双極症の躁状態はこれに近いのかなと思いました。
双極症の躁状態では、体内で九尾が「檻から出せ!暴れさせろ!」と言っているような感覚になります。
そして、檻から九尾が出てくると、もう最悪です。
私の体は私の支配下にありません。
九尾のものです。
周りの大切な人や物を気が済むまで破壊し尽くします。
そう、まるでナルトの中の九尾が暴走し、周りの人たちを傷つけたように…
一気に押し寄せる負の感情
九尾による破壊活動が終わり、身体の支配下が自分に戻ると、一気に負の感情が押し寄せてきました。
取り返しのつかないことをしてしまった絶望、償いきれない罪悪感、ぬぐい切れない後悔、自身に対する気持ち悪さ…
これは非常に耐え難いもので、自死という手段をとってしまう人もいます。
私も家族や医師の助けがなければどうなっていたことか、と今でも思います。
一歩も動けない
さらに、このまとまりのない負の感情は、最終的に「恐怖」に集約され、私が前を向こうとするたびに足を引っ張りました。
休んでいた大学に行こうとするとき、友達と遊びに行こうとするとき、電車に乗ろうとするとき、好きだった絵を描こうとするとき…
どんな些細なことをしようにも、それが自分の意思によるものなのか、それとも躁状態ゆえの行動なのか分からなくなり、足が一歩も出なくなりました。
こうして、私は何の気力もわかず、世界は灰色になりました。
自分が誰で、何が好きで、どんな人生を歩んできて、どこに向かっていたのかも忘れてしまいました。
九尾によって人生をめちゃくちゃにされたナルトも同じような気持ちだったんですかね?
九尾との和解
しかし、ご存知の方も多いとは思いますが、ナルトは自身を苦しめた九尾を時間をかけて理解し、最終的には和解し、その力をうまく使って、世界を救うヒーローとなります。
ここで注意してほしいのが、ナルトとは違い、躁状態のエネルギーを利用して何かを成し遂げようと考えるのはなしです。
そこはあくまで漫画でありフィクションです。
でも、時間をかけて和解をするとこだけは、九尾と同じかなと思います。
油断していると檻から出て暴れようとする九尾が私の体内にいます。
しかし、これは私の一部であり、追い出すものではなく、受け入れるもの。
いつになるかは分からないけれど、ナルトと同じように時間をかけて、周りのサポートも受けながら、和解へと向き合っていきたいと思います。
そう、和解という寛解を願って。
さいごに
最後まで読んでくださった皆さま、ありがとうございました。
約1か月ぶりの投稿となりました。
今回の記事は、躁状態の私が書いたメモがきっかけでした。
以下は実際のメモです。
いかにも躁状態って感じですよね (笑)。
でも、これもきっと私なんですよね。
だから、こうして供養するかのごとく、記事を書いてみました。
拙い内容でしたが、お読みいただきありがとうございました。