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暁山禅師 質疑応答「見性と悟り」2014年11月1日(テキスト版)

2024.11.17 更新

 2024年現在 91歳の、和歌山県紀ノ川市「玄燈庵」の暁山禅師ぎょうざんぜんじ(井上哲玄老師)は、現代では絶滅危惧種とも言うべき、大悟徹底された禅匠ぜんしょうです。2014年11月1日の YouTube 動画 "井上哲玄老師 修行方法法話② " より、「見性と悟り」についての質疑応答の部分を、文字に起こしました。

 本投稿のタイトルの「見性と悟り」は、仮に筆者が付けたものです。

 文書は、老師の指導法を広くお伝えするための役には立ちますが、禅は人から人へ伝承されるものです。活きた禅に触れるためには、まずは、老師の【座らないオンライン禅会】に参加されることを強くお勧めします。

32:01 見性と悟り 
36:11 天地はるかに隔たる?
38:32 悟りの段階を区別する意味
40:12 哲玄老師の修行時代
43:23 哲玄老師の見性体験

 さっそく老師のお話を聞いていきましょう。上記目次と下記文中の "時間 + 小見出し" は、筆者が便宜上追記したものです。また、よく聞き取れない部分などは、 筆者の推定で文字を当てている場合がございます。


32:01 見性と悟り

【質問】

 「見性けんしょう」を認められるということと、「悟り」を認められるというものの間には、差というものはあるのでしょうか。見性と、決着がついた、悟ったということとの間に、違いというものはあるのでしょうか。

【応答】

 「見性」はね、少なからず、(顔の周りを両手で指して)コノモノが本当に、縁に触れて活動しているだけだという、人の本性に、いささか触れるっていうことです。ちらっとでも、触れるとそこが明確になるので、その辺のところで、ほぼ「見性」ってなことを認めてますね。

 だけど、その頃の様子って、よく見てみると、ちゃんと自分が体験したことを、全部知ってるんですね。見性というものの中には、ほとんど全部それを知ってる人がちゃんといる、残ってるんです。

 それで、最終的に決着が着くっていう時には、そのときの様子、さっきも申し上げているように、認識が死に切るということ。で、そこに再び認識が動くっていうこととの、ちょっと時間、期間的なことですね。で、その前の状況っていうのは、自分の存在も、物の存在も、ともかく一切無いっていうことです。

 いっくら自分で     ? って言ったって、その間のことは皆目わからないんです。それが本当に自己を忘じてる様子なんですよ。そういう忘じられてるって様子が、いつ、、、だから、気がつくっていうのは、再び認識が動くんですから、いつ、何かの縁で、再びそういうことに気づいたかっていう時節があるわけです。いつ、どういうことで、っていうことが。

 これは、お釈迦さまの時代からずってそうですよ。お釈迦さまも、明けの明星によって、道元禅師も、となりの人の  たれてる音によってって言われてるでしょ。まあ、代表的に挙げていけば、中国の香厳きょうげんっていう方は、川を渡っている時に、自分の姿が川に映っているときに、そういうことがあるんですね。

 で、うちの師匠だと、劇場で、今でいうとたぶんね、宝塚歌劇のような、に類するようなものじゃないかと思うんですよ。若い女の子たちが踊ってるようなとこだったって聞いてますから、そこに誘われるまま、まあ、覚王山のね、道路じゃなくて真ん前に劇場があったらしいんです。だから、遠いところならあれでしょうけど、近いとこなんで、是非と誘われるままに行ったと言ってますから。

 行って、坐って観てるまでのことは知ってるらしいんですよ。途中から、皆目判らないんですって。それで気がつくと、踊り子が手をず~っとこうやって伸ばしていくときに、ファッと再び認識が動いて、その時に、自分以外のこと、手をこう伸ばしていく様子を見ていて、で、その前の様子ですね、全く、皆目、どれだけ、尋ねても様子が判らない、そういう時節があるかないかってことだと思います。


36:11 天地はるかに隔たる?

【質問】

 と、やはり、決着がつくっていうことと、見性されていることとの間には、やはり随分差があるっていうか。

【応答】

 うん、だから、見性 人にもよりますけけどもね、本当はおかしいんだよね、得る人によって違うってことは。違いはないんだけれども、まあ、現状そういうことがあるんで、あの、どの辺でヨシとされてるかっていうこともありますけれども。少なからず、見性っていう段階では、ちゃんと自分の様子を何もかも知って、こうなりました、ああなりました、こうでした、ああですっていうように、全部知ってる人がいるっていうことです。それが、多くは、見性の様子。

 で、そういう人がまったく、そういう人の存在も何もまったく無くなってしまったということが、本当に決着がつくっていうことね。表現としては、悟りだとか、大悟だとかっていうような言い方してますけれどもね、まあ、言い方はどうでもいいんでだけども、最終的に、そういうことが、あるかないかということによって違いますね。

 もう一つその、そういう、気づいたということについては、最終決着したっていうことについては、あの、深浅しんせんだとかね、深いとか浅いとか、そういう違いはまったくありません。どなたも、まったく、お釈迦さまの悟りと、まったくピッタリ同じものです。内容は。これにもし違いがあったらおかしいんで。これはもう絶対違わないです。

 ただ、気がついたあとの生活だとか、たとえばこうやってお話するときの話し方だとか、ということになると、それぞれ、人それぞれ当然個性もあったりとか、いろんなものがあるので、その展開の仕方は、おのずと皆違います。それが違うからって、内容に違いがあるわけじゃない。内容はまったく同じものでなかったら、それは嘘です。


38:32 悟りの段階を区別する意味

【質問】

 あの、見性とか、大悟とか、名前をつけることに、意味が、意味というか、重要なことなんでしょうか。

【応答】

 うん、それは、あの、修行をしていく段階では、修行する中では、そういう、その、節目、節目があるってのは、それは大事なことです。だけど、それを取り上げてね、これが大事なことだって、あまり強調し過ぎると、そういうことがなくちゃダメみたいな方向になるでしょ。だから古来からそういうことがあっても、それは、対師匠との話です。師匠との話の中で、うん、て言うのか、ていうことで。

 場合によれば、わかっててうんて言わないこともあります。ヨシっていうときに、『おお、おれは悟ったんだな』って、フッとその、体験をつかんでしまう。体験したことは、生まれたときからそうだったっていう体験をしたんで、大事にとって置かなければならん体験じゃないです。

 だけども、あまり強調すると、それを大事だと思って、抱え込むっていう習性があるんです、人には。ものを大事にするっていう、そういう習性があるんで、そうすると、ものを攫んでしまう。

 そうすると、いったんつかむということは、概念化するんです、体験したことを。概念化すると、不思議と、概念というフィルタを通して、生活が始まるんですよ。どことなく二重生活をしてくるの。


40:12 哲玄老師の修行時代

【質問】

 老師にも、、、ありますか?

【応答】

 ありますよ。ね、私の事なんていうとね、私なんて、えらい時間も掛かってる、遠回りしてますよ。

【質問】

 その話をひとつ聞かせていただけないでしょうか。
(聴衆の笑い声)

【応答】

 (マイッタ、、、笑、、)
 私が修行を受けるときには、師匠の下で生まれたんでね、こういう話はまったく聞かないまま、いきなり道場に行ったんですよ。で、うちの師匠は、どういうことがあったかっていうと、当時の、昭和25年ですから、だいたい、その、昭和の初期時代のときに、「悟りっていうことは間違いなくある」。

 このことがはっきりあるということを、修行の中で眼目に置いて伝えてくれる道場は、当時、〇〇県、〇〇寺、老師は〇〇(筆者追記: 発心寺僧堂、原田祖岳老師)ここしかなかったんですね。だから、必ずあそこに一回触れさせておかなきゃ駄目だと言うのが、うちの師匠の念願だったようです。だから、うち、兄弟 5人いて、全部そこに行ったんですよ。後から聞いた話ですよ、それ。

 他にどっこにも、そういうことをきちっと指導してくれる人はいないから、まずはあそこに触れさせておかないと、根幹が狂うから駄目だっていうんで、そこに行ったんですね。何にも知らないうちに行ったから、祖岳老師のおっしゃることは、疑いの余地がない、はじめて聞くことです。

 疑いの余地が無いっていうことでも、はじめはチンプンカンプンです。さっきから話してる、聞かされてるんですね。チンプンカンプンだったですよ。約一年近くね、チンプンカンプン、だったです。

 接心になるとね、朝 4時でしょ、4時から晩の 10時なんですよ。で、新しく入ってきた者なんかは、あの、こういう若い人がいる場所があるとしておきましょう。接心になるとね、全部障子閉めて、全部めばりされちゃうんです。部屋に入れないんです、接心中。戻る部屋がないんです、坐禅堂以外。

 お茶飲むとこが用意してある、で、お互いに、あいだあいだに。隣の人のお茶のみたいんだ、生きてるんだから。隣の人のお茶すすると、先輩がいてね、「こら~」って言われて、「人のことを心配している時間がどこにある!」って、自分のお茶は自分で飲んで行け!」ていう。


43:23 哲玄老師の見性体験

 そういうことも、徹底的にやったんです。排除させられる。会話は一切なし。そういうようにして、まずは1年目は過ごしていた。私は一番はじめは、いわゆる見性と言われるものがある。入った年の 12月の臘八でした。夜も寝かしてくれないんですよ、12月の臘八接心なんて。

 一旦は 9時に開枕つって、床を引かないと怒られるんで、床を引いて、みんな潜って寝てるじゃないですか。点検が来るから、人員点呼して、よしっつった後で、また抜け出して行って、夜中じゅう坐ってるわけですよ、外で。すると、12月なんか雪降りますからね、衣を頭からこうやってかぶって、このまんまゴロンと、寝ちゃうんだよ眠いから。

 1週間も寝ずに徹夜してなんか無理ですって。頭朦朧として、坐禅してるなんて無理なんだ。寝てるけど、雪の中で風邪ひかないんだね、雪が積もっても。

 聞こえるのは、聞こえるんだね、朝、4時起床になると、あの、梵鐘が鳴るんですよ、朝、18声。ゴーンっていうと、どういうわけなのか、記憶がないんだよね。寝てたのか、起きていたのか、横になっていたから寝ていたのかなって思うけど、寝ていた記憶もなければ、では起きていたのかっていうと、起きていた記憶もないんですよ。

 ところがその梵鐘のゴーンで、そういう体験あるんだよね。それでまあ、老師のところに行って、ヨシって言われたんだけどもね。

 でもね、全部知ってるわけ、さっき話したように、自分の様子を。その間わずかに知らないこともあるけどね、知ってるんでね、それは自分で自分を許せないんですよ。ね、そういうもんだから、ず~っと長いの、私は。ざっと、30年ちかくだよね、そういうような感じでず~っと 30年ぐらい。

(中略)

48:40

 そういう体験があるからこそ、余計言えるんですよ。時間を掛けて欲しくないってこと。

 師匠と話したときに、「いや~、気がついた暁には、全部役に立つんだよね、無駄なことは一切ないよ。」って言われましたけどね。たぶんそれは、そういうことだと思います。いろんな話をしてもね、どこで皆さんが、どんなことでつっ掛かっているかっていうね、自分の体験があるからよく分るんです。

 さっき話したようにね、3日やそこらでスルンといった人はね、引っ掛かっているところを話をしても、ぜんぜん自分に体験がないから、わからないんですよ。わからないから質問があっても、答えられないですよ。私はさんざん、そういうとこをくぐって来てるから、どこで引っ掛かって、どうなっているかってことが、明確にこう、わかるんですよ。

 まあ、そういう意味じゃあ、そうやって苦労して来たことで、確かに無駄でない、活きてるなってな感じは、自分でも感じます。

 師匠のことでも、話聞いてて、そういうことは常々思っていて、もう一言二言あれば、もっと、スッと、話が伝わるんだろうけどな~っていうのがあって。このくらいのことはもう分かっているだろう、ってとこから話が始まるんですよ。どうしても。

 もうちょっと前から、もうちょっとそこのところを、もうちょっと話してくれたらなぁ、もっと解りやすいのになぁってことを、そばにいて、体験していましたんでね。


(あり得ないほど、私たちに親切な、暁山禅師の「このもの禅」は、このようにして生み出されたんですね。)

 文字起こし by  Aki Z



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