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もちものを見つめ直して考える理想の暮らし

私はもちものが多いほうではない。旅行のときも荷物は軽いほうだ。旅行の最終日前日に家族がひいひい言いながらスーツケースに荷物を押し込み、計量器を片手に涙ぐましい微調整を繰り返しているのを、余裕の表情で見物しているタイプである。

「カプセルワードローブ」という言葉がある。着回しやすいオーソドックスなアイテムを計画的にそろえて、少ない服で多くのコーディネートを実現するワードローブのことを言うらしい。

あるときこの考え方を知り、実践しようと思いたった。いざ自分の手持ちの服を数えてみると、いくつかのカテゴリにおいて、カプセルワードローブが推奨する枚数をはじめから下回っていた。

しかしカプセルワードローブが提唱するような着回しやすい服がそろっているわけではない。この人いつも同じ服着てるな、と周りからは思われているかもしれない。

Pinterestより、カプセルワードローブ


とにかく、もともとものが多いほうではないので、ここ数年静かなブームとなっている(と思われる)ミニマリズムやミニマリストの生き方にはあまり興味がなかった。

むしろミニマリストを自称するということに疑問を持ってさえいた。少ないもちもので本当にすみずみまで満足しているのなら、マキシマリストを名乗りそうな気がしないでもない。


先日家族におすすめされて、ミニマリズム関連の本をはじめて手に取った。その本が提唱する断捨離の狙いは家の整理整頓のみではなく、自分にとっての理想の暮らしの明確化にあるらしい。

この断捨離がユニークなのは、自分のもちものをひとつ残らずリストアップして、必要か大切、もしくは保留のいずれかにカテゴリ分けする点である。考えただけでもくらくらしそうなくらい手間がかかる作業だが、手に負えそうな種類のものから試してみることにした。

まずは靴。体感だと2,3足くらいを交互に履いてしのいでいる。と思っていたのだが、実際に靴箱を開けて自分の靴をリストアップしてみると、なんと10足も持っていると判明した。

痛くて履けないのに高かったから捨てられないエナメルのパンプス、お祭りのときに一度履いただけでもう何年も陽の目を見ていない下駄、お土産にもらったけれど自分の服の系統に合わなくて一度も履いていないコンバースのハイカットスニーカー……。忘れ去っていた靴たちと次々に気まずい再会を果たす。

思わず、「靴 何足 平均」と検索してみた。マイナビニュースによると靴の平均所持数は10足ほどらしい。そんなわけで、この文章のはじめの一文を訂正しなければならないーー私はもちものを人並みに持っているほうだ。

靴を一足ずつ手に取りながら改めて自分に尋ねてみる。この靴がなければ生活できない? それとも、自分にとって情緒的価値がある? ーー答えはほぼNOだった。必要なのは2,3足で、大切なのはクリスマスプレゼントでもらったバレエシューズ1足だけだ。

自分がとくになんの目的もなく無駄にものを持っていることに驚き、リストアップが面白くなってきた。調子づいた私は靴以外のもちものについてもどんどん作業を進めていった。コスメ、スキンケア用品、バッグ、夏服、アクセサリー、ノートや手帳、本などなど(本は120冊ほどあるので、さすがに途中で投げ出した)。

もちものを必要か大切にカテゴライズしてわかったのは、こんなことだった。

・コスメやスキンケア用品は基本的に「必要」に分類された。思い返してみればたしかに、ちょっとお高めのコスメを買ったその瞬間は気分が上がっても、すぐにどうでもよい存在になり下がることが多い。自分にとってはあくまで実用品である。

・反対にアクセサリーはすべて「大切」に分類された。なくても生活していけると思ったため。特別に大切と感じたのは、結婚指輪や婚約指輪、就職祝いにもらったネックレス、退職したときに同じチームの先輩たちからいただいたブレスレット、社会人一年目にはじめて自分で買ったジュエリー、などなど。ぜんぶ思い出が詰まっている。今後は節目だけに買うようにしよう。

・バッグや靴は「必要」が多かった。服は「大切」がちらほら。自分にとっては服が主役でバッグや靴は引き立て役らしい。今後はお気に入りの服に合うようにバッグや靴をそろえるのがよいかもしれない。

・本は種類によってわかれた。人文系の本やレシピ本はほとんど「大切」に。その他の実用書などは、必要でも大切でもないものも紛れていた。これからは実用書を読みたくなったら、まず図書館で借りよう。

リストアップとカテゴリーわけを通して、自分のこだわりや無頓着さが少しずつ言語化されていった。この作業を完了するころには、きっと自分にとっての理想の暮らしが言語化されているだろう。

素敵な暮らしの情報はSNSや広告でいくらでも流れてくる。けれど、膨大な情報のなかから自分にフィットするものを拾いあげるのはとてもむずかしい。

外側に情報を求めず、まずは自分の家を見渡してもちものと向き合うことが理想の暮らしへの近道なのだとわかった気がする。



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