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(小説)なんじゃろうにい③

 あにき、遅うなってごめんな。
 今年のお盆は何日も大雨が続いて、日本中あちこちつかって、どげんもこげんも大変じゃったんじゃ。幸い、わしらの住んどる所は被害はなかったんじゃけど、テレビをみょうたら、頭がおかしゅうなりそうじゃった。
 アナウンサーやら気象庁の人間やらが、「どこで災害が起こっても不思議ではない状況です」とか、何度も何度も繰り返すもんじゃから、聞く度に不安感が増すばあで、なんもできんのにおろおろおろおろして、わしゃあ、生きた心地がせなんだ。
 せえを言い訳にしちゃあおえんのじゃけど、大雨も降りょうるしで、お盆に墓参りに行けんかったんじゃ。すまんことじゃ。大雨の中、墓に上っていく坂で滑ったり転んだりしたら、えれえことになるけえなあ。
 秋になりゃあ、「蓮根掘りに行く暇はあっても、墓参りはしてあげんのじゃな」とばあさんに皮肉を言われとったけど、やっと今日墓参りに来たんじゃ。朝から日差しがぽかぽかして気持ちようて、「あー、小春日和じゃな」と思うたら、足が自然に墓に向こうたんじゃ。
 あにき、ちゃんとここまで上ってこられたで。しんどうてもきつうても、わしはまだ上れる。ばあさんは膝が悪うて上れんから、わしが墓の世話をするんじゃ。そのうち足腰も立たんようになるかもしれんけど、それまでは、わしは最後まで坂を上るつもりなんじゃ。
 お盆も秋の彼岸もとうに過ぎたけえ、どこの墓にも花がねえなあ。雑草が長う生え放題の墓もあれば、庵治石かと思うような立派な墓もある。わしは菊とシャシャキを墓に供えた。
 ここは小高え山の上じゃけえ、麓に広がる町がよう見渡せる。向かいの山との間に田んぼや畑があり、それを切り分けるように東西に線路が走っとる。線路の近くには、小学校と中学校が見える。わしらも通うたが、今は建物がでえれえ新しゅうなっとる。わしらの頃とは別物じゃわ。
 猫の額ほどの小せえ町じゃけど、ここに祖父母、父母、あにきや義姉さん、いろいろな人の人生が詰まっとんじゃなあと思うと、なんか泣けてくらあ。わしやばあさんの人生も、現在進行形で刻まれていきょんじゃけどな。
 きー、きーとヒヨドリが鳴きょーる。頭上から声の大雨が降り注いでくるようじゃ。
 あにきはヒヨドリが好きじゃったな。義姉さんが亡うなった後、実家の縁側に座って、ようヒヨドリを見とったなあ。実家の裏山を飛び回り、強かに鳴きわめいていたヒヨドリを見ながら、あにきは何を思うとったんじゃろうか?
 なんじゃろうにい。
 声には出さんし、誰にも言わんかったけど、自分に言い聞かせるように頭の中で繰り返しとったんじゃろうか。
 昔もヒヨドリがこがん鳴きょーたかのう? 墓地を細長く切り取るようにして生えとる木から木へ、忙しゅう飛び回りょーるのが、なんか楽しそうに見えるのう。
 ヒヨドリの声は、いつの間にか蝉しぐれに変わる。
 子どもの頃、夏にはこの辺りの山によう蝉捕りにきょーた。まだ開発のかの字もなかったけえ、昔からある墓地の先は原生林に近え山じゃった。その山は、神社の裏手の山に繋がっとって、その山の中をわしらは駈けずり回っとった。
 広うて深うてちょっと湿っとった山は果てがのうて、どこにも辿り着けんような気がしたり、急に行き止まりになったりした。獣道でさえないような道なき道を、縦横無尽に伸びる木の枝をかき分けかき分け、あにきとわしはどこまでも進んでいった。
 昼間でも薄暗え山の中も、あにきと一緒ならいっこもこよーねえ。わしはただわくわくしとった。なんかどえれえもんが見つかるんじゃねえかとーー。
 前を行くあにきが、急に走り出した。なんか見つけたんじゃ。あにきはすげえ。なんかすげえもんを、わしに見せてくれる。
 わしは、ただ一目散にあにきの後を追う。もう蝉の声もずるりと後ろに流れ、わしの耳には何も届かん。
                              (了)
                           

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