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第10回 エプロン×心理学――お節介はささやかな連帯感のはじまりなのかもしれない
エプロン姿のムラヤマさん
「おはよーございまーす」
「あらー、山口さーん」
「ちょっと聞いてくださいよー」
これらは、私の家のお向かいに住むムラヤマさん(仮名)のお母さんの3大フレーズです。
トレードマークはエプロンで、家事に介護に忙しい彼女は、いつもエプロンを身につけています。
『サザエさん』に出てくるフネさんのような、両腕まで覆うタイプです(色は白じゃないけど)。
お節介ババア?
ムラヤマさんには、もう一つ口癖があります。
「ごめんなさいね、私ったらほんとお節介で嫌ねー。お節介ババアだわ」
普段のムラヤマさんをもう少し紹介しましょう。
・どんなに遠くにいても、必ず「おはようございます」と大きな声で挨拶してくれる
・子どもと会えば近づいてきて、「大きくなったねー。そんなこともできるようになったの」と声をかけてくれる
・地域で何かいざこざがあれば、最新情報を教えてくれる(例:「あのゴミ置き場の件だけど…」)
・どこかに出かけるときには、「行ってらっしゃい」と声をかけてくれる
・「男の子はね、大きくなると悪魔になるから、覚悟しておきなさい」と脅して(?)くれる
たしかにムラヤマさんは、世間的に言えば「お節介」なのかもしれません。
ところで、お節介って何なのでしょう?
この言葉を聞くと、何となく押し付けがましい気がしてきます。
でも、不思議とムラヤマさんのお節介は「嫌」な感じがしないのです。
皆さんはお節介にどんなイメージを持っていますか?
過去にされて嬉しかったことや、逆に困ったことを思い浮かべてみて下さい。
今回は「お節介」について考えてみたいと思います。
お節介とは?
「お節介」を辞書で調べてみると、こうあります。
出しゃばって、いらぬ世話をやくこと。また、そういう人や、そのさま。
こう書かれると、押し付けがましさが滲み出てきます。
私自身、これまでお節介に対してあまり良いイメージを持っていませんでした。
・頼んでいないのに、「お腹空いてるでしょ」と次から次へと食べ物をよそわれる
→本当に食べたくないのに、何度もお皿に盛られると困ります
・アドバイスをしてくれているようで、自分の自慢話がはじまる
→『昔はこうやって成功したんだ』と長い武勇伝を聞かされると、聞く側は疲れてしまいます
・もらっても困るようなものを「あなたに必要だから」と渡される
→必要ないものを渡されると、それが高価なものであってもかえって迷惑に感じることがあります
皆さんもこんな体験はないでしょうか?
正直に告白すると、私はお節介を焼きそうな人が苦手でした。もっと言えば、意識的に避けてすらいたかもしれません。
でも、そんな私の「お節介アレルギー」をムラヤマさんとの出会いが変えてくれたのです。
お節介は、悪いものではないのかもしれない
そもそも、お節介の本質とは、相手に干渉することですが、すべてが迷惑なわけではありません。
そう考えると、ムラヤマさんの『お節介』は、むしろ安心感を生んでいるのではないでしょうか。
「おはよーございまーす」と挨拶をされるとき、妙な安心感を覚えます。
「あらー、山口さーん」と笑顔を向けられると、つられて笑顔になります(ぎこちないけど)。
「ちょっと聞いてくださいよー」と話がはじまると、ついこちらも話してしまいます。
かといって、家族ぐるみの親密な付き合いをしているわけではありません。たまたま道端で会った時に、タイミングが合えば話すだけの、「ゆるいつながり」です。
でも、ゆるいつながりの中でなされるお節介は、妙な安心感を与えてくれるのです。
もちろん、ムラヤマさんのお節介で安心したのは、私が日々子育てに追われている立場であることも関係しているでしょう。自分が立っている場所によって、感じ方は変わってくるものです。
皆さんは、安心感を与えてくれるようなお節介に出会ったことはあるでしょうか?
そもそも「お節介」という言葉は、他人のための助け合いといった意味合いでした。語源は、江戸時代の「節季(せっき)」という言葉に由来するそうです。
「節季」は、「季節」や「時節」を指し、特に新年の時期を意味しました。この時期には、人々が年末年始の準備を行い、お互いに助け合うことが多かったため、「節季」は人々の手助けや世話を意味するようになりました。「節季」が「節介」となり、そこに敬称の「お」が付いて「お節介」になったわけです。
つまり、元々は他人のための助け合いの意味で使われていたのが、個人のプライバシーや独立性が重視される世の中に変化するなかで、徐々に余計なお世話的に使われるようになったということです。
という歴史があるのだけれど、この現代でもお節介は意外と悪いものではないのではないか、と私は思ったわけです。
「あなた系お節介」と「オレ/ワタシ系お節介」
とはいえ、お節介はいつも薬になるわけでなく、毒にもなります。匙加減が極めて難しいものです。
お節介には、ムラヤマさんのように人に安心感を与えるお節介と、心に侵入されたような気持ちになるお節介がありそうです。
この2つは一体何が違うのでしょうか?
おそらく、お節介の中に「オレ/ワタシ」がどれだけ入っているかでしょう。
例えば、先に挙げた「もらっても困るようなものを『あなたに必要だから』と渡される」を考えてみましょう。
「あなたに必要だから」の中には「あなた」という言葉が入っています。しかし、あくまでも「オレ/ワタシ」視点から考える「あなたに必要なもの」であって、「あなた」という視点からは考えられていなさそうです。
ここでは、相手の立場に立って行うお節介を「あなた系お節介」と呼んでみます。例えば、仕事が忙しくて回っていないような人に対して、「何か手伝えることがあったら言ってね」と声をかけることです。
一方、自分の視点から行うお節介は「オレ/ワタシ系お節介」と名付けてみます。例えば、「あなたにはこれが必要だから」と相手の意向を無視して物を渡すことです(数年後に助けられることもあったりしますが)。
もちろん、純100%の「あなた系お節介」なんてものは存在しないでしょう。第2回の「ウォーターサーバー×心理学」で触れた「心の中のジャイアン度数」のように、大切なことは「あなた」と「オレ/ワタシ」の配分です。
何となく、「オレ/ワタシ」が50%を超えると、「オレ/ワタシ系お節介」になりそうな気がします(数字は適当です)。
鍵は「さり気なさ」「ちょっとした一言」
さて、お節介が「あなた系お節介」になるためには、どうしたらいいのでしょう。
色々な考えがありうると思いますが、私は「さり気なさ」「ちょっとした一言」が鍵だと考えています。
「困ったらなんでも言ってきてね」
こう言われた時、何となく安心できる感じがないでしょうか。
実際に助けてくれるかはあまり問題じゃないのかもしれません(もちろん、助けてくれるのは大変助かるのだけど)。
そうではなく、「助けてくれる人が世の中にいると思える」ことが大事なのではないでしょうか。そう思えること自体が既に助けになっているという感じです。
いや、もっと言えば、「おはようございまーす」と言われることだけでも助けられているかもしれません。
朝、通勤する時に、何となく良い気分になる。
そういう、「何となく」が案外に人の心を支えている気がするのです。
ささやかな連帯感
こうした“ゆるいつながり”が、実は大事なのではないか。そんなことを考えていた時に、ある本の紹介文が目に留まりました。
「基本読書」という読書日記のサイトがあります。
『男はなぜ孤独死するのか 男たちの成功の代償』(トーマス・ジョイナー著)の紹介文のなかに、「隣人や友人にたいするほんの少しの気遣い──気にかけているよというメッセージ──は、ほんの少しでも人の孤独感を減少させ、不幸な結果を減らす可能性がある」[1]と書いてありました。
ジャーナリスト・評論家の佐々木俊尚は、このような「ささやかな連帯感」が男性の友人関係にはちょうどいいのかもしれない、と語っています。
この話を聞いて、「お節介」はささやかな連帯感を生み出しうるものなのではないかと思いました。
ほんの少しの気遣いや気にかけているよとメッセージを送ることは、現代ではけっこうハードルが高いことです。多少の「お節介精神」がなければ、わざわざしないでしょう。
結局のところ、ほど良いお節介が人の孤独を和らげるのかもしれません。
とはいえ、自分が誰かにお節介をするときは、やっぱり『うざがられたかも…』と悩んでしまう。
そんなことを思いながら、今日もムラヤマさんの『おはよーございまーす』に救われているのです。
[1] 基本読書「男性が孤独に陥りがちな理由について──『男はなぜ孤独死するのか 男たちの成功の代償』」(冬木糸一)2024-06-07
【文】山口貴史(やまぐち・たかし)
臨床心理士・公認心理師。東京生まれ、大阪・福岡育ち。
2009年、上智大学大学院総合人間科学研究科博士前期課程修了。その後、精神科クリニック、総合病院精神科、単科精神病院など、医療現場を中心にさまざまな現場で臨床経験を積み、現在は児童精神科と開業オフィスにて臨床を行っている。日本心理臨床学会奨励賞受賞(2023年)
著書『サイコセラピーを独学する』(金剛出版)、『精神分析的サポーティブセラピー(POST)入門』(金剛出版、共著)
【イラスト】楠木雪野(くすき・きよの)
イラストレーター。京都在住。主な仕事に『阿佐ヶ谷姉妹のおおむね良好手帳』のイラスト、web連載『楠木雪野のマイルームシネマ』など。猫とビールが好き。
webサイト http://wasureta-ehagaki.com/
インスタグラム @kiyonokusuki