「『これ、いいな』を形に」雑誌編集の面白み
京阪神の情報誌を発行する出版社「京阪神エルマガジン社」(大阪市西区)メディア編集部の杣山碧弓(そまやま・たまゆ)さん=写真=は小さい頃から本が好きだった。学生時代、本をつくる仕事に就きたいと、アルバイト先の飲食店に取材に来た編集者に「働きたい」と声をかけ、念願の雑誌編集の道に。忙しくて雑誌を見るのも嫌になった時期もあったが、掲載した店の人や読者の喜ぶ顔を見るとつらさは吹き飛んだ。近畿大学総合社会学部の出身で、私の先輩にあたる杣山さんに編集の醍醐味を聞いた。
【2年・橋本龍之介】
「見ても読んでも楽しめる」
幼い頃は絵本を読んでいました。小中学生の頃は、漫画が大好きで。『週刊少年ジャンプ』を購読していました。大学生になってからは小説も読むように。読み物離れが深刻ですが、私には「本を読む」習慣がありました。雑誌は絵本や漫画を読むのと似た感覚で読み始めました。
母はSAVVYが大好き。SAVVYはエルマガが発行している関西の情報誌です。家にはバックナンバーがたくさんあります。雑誌はページごとに雰囲気や世界観が違います。写真やデザインをぱらぱらと見ているだけでも楽しめます。じっくり文章を読み込んでも面白いのは雑誌ならでは。そういった雑誌の魅力に惹かれて。大学生になってから、出版社で編集の仕事をしたいと思うようになりました。でも、ほとんどの出版社は東京にあります。祖母が東京で暮らしていたので、なじみがなかったわけではないけれど、東京の空気は自分にはあまり合わなくて。エルマガは関西中心です。私が暮らす関西の情報を紹介したい私にとって、SAVVYはまさに「こういう雑誌がつくりたい」と言えるものでした。
「きっとメディアが取材に来る」
2017年に近畿大学に入学し、2年生の夏、大阪市中央区にある飲食店でアルバイトを始めました。「出汁のオアシス」という人気の酒場「大衆食堂そのだ」の系列店。できたばかりのすてきなお店で、きっとメディアが取材に来る。働き始めて半年後、予想が的中し、SAVVYチームが取材にきました。立ち会いたい。授業を休んでお店に向かいました。
取材が落ち着いたタイミングを見計らって編集者に声をかけて名刺をもらいました。数日後、エルマガの人が私を訪ねて、お店に来たらしく、編集者にメールを送りました。編集者が言うには「面白い子がいた。近大の学生らしい」と私のことが社内で話題になったそう。確かに取材中に「雑誌に興味があるのでSAVVYで働きたい」と話しかける人なんていません。
当時、編集長がアルバイトの採用を考えていたため、関心を持ってもらえたと聞きました。近畿大学の卒業生が働いていたこともあって、編集長と近大卒の社員との3人で食事をしました。「いつから来られそう?」という具合にとんとん拍子で話が進んで。3年生の夏から編集部でアルバイトを始めました。学生の間は編集アシスタントとして、取材のアポ取りを手伝ったりFAXのやり取りをしたりと、雑誌の制作をバックアップしていました。
「編集者はディレクター」
編集そのものに携われるようになったのは、21年春に大学を卒業してから。編集アシスタントから編集者になり、その年のSAVVY7月号「滋賀特集」のマルシェページ担当が編集者として初めての仕事でした。編集で使うAdobeのアプリケーションにはほとんど触れたことがなく、右も左もわからない状態。初めはとにかく触って慣れて仕上げました。思い切って始めてみれば何とかなるものです。
雑誌制作に携わるのは編集者だけではありません。ライターやカメラマン、イラストレーター、デザイナーはフリーの人ばかり。1冊つくるのに数十人が関わります。出版社の編集スタッフよりも社外関係者の方が多い。外部のスタッフに仕事を依頼するのも編集者の仕事。いわば雑誌制作のディレクターです。月刊誌となると、短い制作期間で企画の調整からアポ取り、取材、編集、校正をしなければならず、忙しさのあまり仕事以外で雑誌を見るのが嫌になった時期もあります。ですが、「読んだよ」と読者に教えてもらったり、取材したお店の人に「雑誌のおかげでお客さんが増えました」と喜んでもらえたりすると達成感を味わえます。
「相手を嫌な気持ちにさせない」
どの店に取材をするかは企画の段階で編集者が決め、取材はライター、カメラマン、編集者の3人で行います。長年SAVVYの仕事をされているスタッフに協力してもらいながらお店を回ります。経験の浅い編集者よりもライターやカメラマンがその地域に詳しいこともあります。外部スタッフとの信頼関係を構築しておくことは大切です。
最も重要なのは取材先との信頼関係。お店の人を嫌な気持ちにさせてはいけません。協力してくださる人がいるから、メディアが成り立っている。そのことを忘れないようにしています。
写真を撮影する際、お店にある机や置物を動かすときは引きずらずに持ち上げます。撮影するときは必ず許可を取ります。「私たちの都合で貴重なお時間をいただいている」と謙虚な姿勢で取材に臨みます。これまでのエルマガやスタッフが築き上げてきた信頼の上に取材が成り立っている。エルマガのイメージを次の代にも引き継ぐためにも、失礼のないように気をつけています。
「まずは模倣から」
今はSAVVY編集部ではなく、メディア編集部で雑誌(Magazine)と書籍(Book)を混ぜ合わせたムック本(Mook)や商業施設の館内誌などを制作しています。月刊誌に比べて制作期間が長く、扱える情報も増えたり、時間をかけて凝ったデザインにしたり、できることの幅が広がりました。時間に余裕ができ、様々なジャンルの雑誌を読めるように。普段仕事で扱っているものとは全く別のジャンルからインスピレーションをもらっています。「始まりは模倣から」。先輩編集者の言葉です。文章、写真、デザイン。クリエイティブというと0から1を生み出すイメージが強いかもしれませんが、まずは模倣から始めてみる。「これ、いいな」と思えるのには理由があるはずです。憧れを自分の力で形にできるのは楽しい。
昨年の秋、北河内の枚方市、寝屋川市、門真市を紹介したムック本を出版しました。その中で「買って帰りたくなる手みやげ手帖。」のページを担当して、京阪萱島駅近くの酒屋さんや京阪枚方市駅近くにある味噌のお店を紹介しました。カメラマンさんやデザイナーさん、ライターさんに協力してもらって、すてきに表現できました。
「穴場を見つけたい」
今後の抱負ですか。編集者として雑誌全体の構成を考える役割を担ってみたい。先輩編集者が考えた構成の中で、その一部のページの企画を練っている今でさえ、完成した雑誌に愛着がわきます。自分で全体の構成を考えられるようになったらと想像すると、わくわくします。神戸や京都、梅田のような人気スポットだけでなく、雑誌で取り上げられることが少ないようなエリアにも良いお店はたくさんある。そんな穴場を紹介してみたいです。
編集の仕事を「編む」と言うことがあります。どんなお店に行って雑誌に載せる情報を集めるか、集めた材料をどう編むか。雑誌を読んで、取材先の人や読者に喜んでもらいたい。よりよいものを編めるように、経験を積んでいこうと思います。