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意見が言えることは価値である

仕事をしていると、上司から指摘をいただくことは誰にだってあるだろう。

僕もある仕事で上司から指摘をいただいた。

内容をざっくりと説明すると、不要物の撤去にかかるコストが僕の手続きした内容よりも安く済む方法があるという指摘だった。

ただし、僕の方法はオフィシャルな方法で撤去した場合の最適解。上司の指摘はそのオフィシャルにいちいち合わせる必要はなく、とあるルートを使用すれば、正規ルートを介さず安く済むというものだった。断っておくがもちろん合法の内容で、だ。

上司の指摘通りにやれば差額にしておよそ¥2,000もコストカットできる。こういう工夫ができる人間の方が強いなと思ったが、僕は僕で自分の案も別の上司に確認をとってOKをもらっていたものだった。だから、自分はこういう考えでこのルートを選び、最終的にOKはもらったのだけどその案に変更するカタチで問題ないのかと、それはそれで指摘された時に意見としてぶつけた。

僕は指摘されたときに上司に意見を言ったと思ったと同時に、少し言い訳しようとしている姿勢にも見えたかもしれないと反省をしていたところ、指摘をいただいた上司から招集がかかった。

ドキドキしながら話を聞きに行った。

すると、思いもよらない展開になった。

上司からそのときにこんな話をされた。

「さっきの指摘をしたときだけど、俺から少し圧を感じたかもしれないけど、ああいう場で俺の意見にただイエスをいう人間と、KLAREみたいに自分の意見をきちんと言える人間はまったく違う。今後、例えば交渉場に赴くようになったときに、きちんと意見が言える人間でないと仕事は任せられないからね。自分の意見がきちんと言えることは自分の長所だと思った方がいいよ」

僕は嬉しかった。同時にその上司のことをより尊敬するきっかけとなった。

意見の衝突は大きなストレスがかかる。しかし、その分仕事においては価値を生む可能性を持っている。

これを認識できるかどうかは大きな差になると感じた。


今日も良い一日にします。



2024/03/12

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