そよ風って微風って書くとなんか嫌。みたいな話。
あおぐ人がいるだろう。
満員電車の中で
暑いが故に自らの体をあおぐ人が。
そんなあおぎと共に空気は移動するだろう。
そうすると、その人の香りとかが
共に移動するだろう。
それはふんわりとくるだろう。
その人の香りのようなものがふんわりと。
あおいでるというレベル感のお話だから
空気は弱々しく流れるだろう。
そんな風(ふう)だから
あなたの香りのようなものの
集合体は優しく優しく
しかし何度も何度も
私の体を刺激するだろう。
鼻腔をくすぐるあなたの香り。
その香りはするかしないかの狭間を絶妙に攻めぎ合う。そしてまた、そのあおぎから生成されたそよ風は、暑さを和らげるには非常に物足りなく、もちろん冷たくもなければ、もちろん暑くもない。そうであるならなんともないはずなのにそれは適温にはほど遠く、快とは真反対だが不快ともいえないこの世な存在しない空気感を見事に作り出す。
車内はキンキンに冷えているはずなのに
あなたから生まれたそよ風は
そんなことはおかまいなしに
(あえて言葉にするのであれば)
生ぬるくあり続ける。
そんな風(ふう)だから、あおがれているご本人にもそんな生ぬるい空気が、そのご本人の体を優しく刺激し続けているはずなのだろうけれど、そんな生ぬるい空気なのであれば、そんなご本人にとっても快ちよくはないはずなのに、いつまでもあおぎつづけるのはなぜだろう。
ご本人には冷たい風が届いているのだろうか。
それは確かめようもなく
ググればわかるようなものでもないが
そんな口太郎の悩みとは裏腹に
あなたのあおぐ右手は
メトロノームのように規則正しく動き続ける。
その右手は永遠に動き続ける廃墟の観覧車のように規則正しく稼働し続ける。
一駅、また一駅と進む
その満員電車とまるで呼応するように。
このまま終点まであおぎつづけるのだろうか。
それも定かではないが
これが口太郎の夏一番の
怖いお話だったとは読者の皆様も
気づかなかったことだろう。