第2話 切り干し大根の煮物で必殺技、発動!

切り干し大根族の乾物ヒーロー、切り干しレンジャーと共に世界を救う。

ヒョロヒョロでガリガリでフラフラの乾物ヒーローは見るからに頼りなく、僕は、さっき畑で見た科学者風の男に勝つことなど絶対に無理だと思った。

あの男の名は、ムダラス博士。食品業界では有名な、悪のエンジニアなのだそうだ。

ムダラス博士はもともととても優秀なエンジニアで、食品の全自動調理器を研究していたのだそうだ。だが、ある頃からビジネスに目覚め、お金もうけのためなら食べ物を大切にしない、冷酷な人間になってしまったのだとか。
今では怪しい手下をたくさん引き連れ、全国を飛び回り、たくさんの食べ物を捨てたり作物の成長を邪魔したりしているんだって。

「わしの知り合いも親戚も、ムダラスにやられてしもうた。昔はあんな男ではなかったんじゃがな。」大根老師が泣きながら話してくれた。

そんなマッドサイエンティスト的な人に勝つには、ヒョロガリ大根じゃ無理じゃね?

「じゃがな、勇者よ。乾物にすれば、生のものよりも長く保存ができるようになる。栄養もたくさんとれる優秀な食品になる。食べ物が無駄にはならんのじゃ。つまり、ムダラスに対抗するには、捨てられる前に、食べ物を乾物にして「ムダではない」と証明するのじゃ。そうすれば、食べ物は捨てられなくなる。そして、世界は食糧危機から救われるじゃろう。」

1人、満足そうな大根老師と、その話を神妙な顔で聞く切り干しレンジャー。
なんだこの構図。意味わからんし。

「でも、僕はただの小学生です。僕があの、ムダラス博士?と戦うには、力不足です。誰か他の人にお願いした方が・・・。」
さっきだって全然歯が立たなかったじゃないか。手下に追い払われた悔しさが込み上げてきた。

「そなたは、選ばれし勇者じゃ。大丈夫、乾物ヒーローの力を借りればできる。ユーキャンドゥーイット、じゃ!」
そう言って老師は小屋の奥から何やら紙袋を持ってきた。
紙袋の中には、ベージュ色の細いチリチリの紐状のものがたくさん入っている。
目の前の切り干しレンジャーにちょっと似てる・・・?

「これを持って行け。我ら切り干し大根族に伝わる、"伝説の天日干し切り干し大根"じゃ。これを食べてみるが良い。わしが話したことの意味がわかるじゃろう。」

大根老師から無理やり紙袋を押し付けられた。いらないよ、って言ってるのに、無言で渡してくる圧、怖い。

僕の手に袋を持たせることに成功すると、今度はビニール袋を取り出した。
「勇者よ、この袋を乾物ヒーローにピタッとくっつけると、ヒーローは小さくなってこの中に格納される。必要な時にはここから乾物ヒーローを呼び出すがよい。大丈夫、乾物は皆、軽くてかさばらない。常温保存もOKじゃ。運ぶのには困らないぞ。」
そう言って、老師が袋をくっつけると、確かに切り干しレンジャーは袋の中に小さくなって収納された。

袋の中で、切り干しレンジャーはサムズアップしている。

なんだか押し付けられた感がすごいし、別に救世主になるつもりも全くないけど、とりあえず、牛乳が心配だったのでそろそろ家に帰ることにした。
切り干し大根は軽く、持ち帰るのに不便はなかった。

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「あ、袋の口は密封しておいてね。長く保存するなら乾燥剤を入れたり、冷蔵庫に入れる方が長持ちするよ」とヒーロー収納袋について解説する大根老師の絵。

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家に帰ると母さんが夕飯の準備をしていた。
「ずいぶん遅かったじゃない、心配してたのよ〜?」と言いながらも、こっちは見ないで料理し続けている。よかった、遅くなったことは怒っていないようだ。

牛乳を冷蔵庫に入れた後、一瞬迷ったが、母さんに切り干し大根入りの袋を渡す。
「母さん、これ、料理できる?」

「あら、切り干し大根じゃないの。こんなにたくさん、どうしたの?」
えーと、コンビニでおまけでもらった・・?
さすがに、大根にもらったとは言えない。

「ちょうど、今日の野菜のおかずを何にしようかと思っていたから助かるわ!煮物にするわね♪タカシは早く宿題やっちゃいなさい」
すんなり受け取ってもらえてホッとした。

今日の宿題は漢字ドリルの書き取りだったから、なかなかに時間がかかった。
宿題をやっている間、切り干しレンジャーは僕のカバンの中でおとなしくしている。
リビングのテーブルで宿題をしていると、キッチンから甘いいい香りがしてきた。
宿題を終わらせて、給食セットを洗い物に出そうとキッチンに行くと、鍋の蓋が少しずれていて、そこからさっきの甘い香りがしてくる。
「母さん、これって・・・」僕が鍋を覗き込むと、母さんが蓋をとってくれた。
そこには茶色くてふっくらして、おいしそうな匂いの煮物が入っていた。さっきのシワシワな切り干し大根とは全然違う!
「タカシがもらってきてくれた切り干し大根、とてもおいしそうにできたわ!」

母さんは味見ね、と言って、少しだけ皿に取ってくれた。
熱々の切り干し大根をフーッと冷ましてみる。甘い香りが鼻の奥に突き抜ける。
一口食べてみると、砂糖のそれとは違う、優しい味が口いっぱいに広がった。

「・・・おいしい!母さん、これめちゃくちゃおいしいよ!」
想像していなかった柔らかな味に、僕はそう叫んだ。
生の大根は少し辛かったりして苦手なこともあるのだけど、これは柔らかくて甘くておいしい。

「ほら、宮崎のおばあちゃんいるでしょ?あの辺は切り干し大根が有名だから、昔はよく切り干しの煮物を作ってくれてね。このレシピは、おばあちゃん直伝の母の味!」
すごく品質の良い切り干し大根だからおいしくできたわあ〜、と母さんは嬉しそうに話している。
そうか、昔、おばあちゃんの家で食べたことがあるかもしれない。その時も、いい匂いだなあと思ったんだ。うっすらと、記憶が戻ってきた。

リビングの方で何かが明るく光り始めた。
びっくりして見ると、なんと、切り干しレンジャーが光っている!
そして、僕が呼び出してもいないのに、勝手に袋から出てきた!!

「ちょっと!何で出てくるんだよ!?それに、何で光っているのさ!??」パニックになって僕が言った。切り干しレンジャーはマッスルポーズでこう言った。
「切り干し大根っておいしいんだ!というタカシの言葉が私をもっと強くしたんだ!」

「あら〜、珍しい!切り干し大根の妖精じゃないの」キッチンから母さんの素っ頓狂な声がした。「昔はよく近所で見かけたけどねえ、今でも見れるなんて思わなかったわあ」
「母さん、切り干しレンジャーを知ってるの?」
「レンジャーかどうかは知らないけど、昔はよくいたのよ、こういう妖精が。子供にしか見えないのかと思ってたけど、大人になっても見れるなんて!」
「お母さん、はじめまして。私は切り干し大根の切り干しレンジャーと申します。食品廃棄問題に取り組むタカシさんと一緒に行動したいと、こうして参上しました。以後よろしくお願いいたします。」
丁寧に、執事の挨拶のような動きをしながら切り干しレンジャーはそう言った。

「あらそうなの?息子をよろしくお願いしますね〜」
いやいや母さん、受け入れすぎだろ。

・・・母さんの柔軟性に違和感しかなかったが、すんなり受け入れてくれてとりあえずよかった。警察に通報とかされるよりはマシだと思った。どれだけ説明しても理解はしてもらえないだろう。

その日の夕ご飯の食卓は、僕と、母さんと、切り干しレンジャーの3人で囲むことになった。
すごい絵面だ。
まだ現実として受け入れきれない僕を尻目に、2人は切り干し大根の調理法について楽しそうに語り合っている。

「お母さん、とはいえ、今の時代、一度も乾物の精霊を見たことがない人もいます。そういう人たちにとっては、私たち精霊は、恐怖の対象でしかありません。なので、このことはどうぞご内密に」
「そりゃそうよ、テレビ局なんかに見つかったら大変よね〜。睡眠時間2時間のアイドルみたいになっちゃうわよ〜。わかりました、お口にチャックでお任せください!」
母さんはジェスチャー付きでそう答える。何だこの2人の打ち解け具合は。

にしても、切り干し大根の煮物がこんなに美味しいなんて知らなかった。
時々、定食屋さんの小鉢に似たようなおかずがくっついてくることがあったけど、甘すぎて、僕は苦手だった。
今日、母さんが作ってくれた煮物は、砂糖をほとんど入れずに作ったそうだ。大根のデンプンが変化して糖になることで、切り干し大根は甘味が増すのだ、と、切り干しレンジャーが言っていた。こっちの方が断然うまいよ。

「・・・それにしても、どうして僕が切り干し大根をおいしく食べると君がパワーアップするの?」僕は疑問に思っていたことを聞いてみた。
「それはね、私たち乾物は、人々に喜ばれ、食べられることで本来の力を発揮するんだ。そして、無駄なく大切にされることで、さらに強くなるんだよ。」
ムン、と、切り干しレンジャーはマッスルポーズを取る。
それはもういいって。相変わらずヒョロガリだし。

けど、食べ物を無駄なく食べることができた、っていうのは、気持ちがいい。
おいしく食べて、さらに良いことにもつながるなんて、乾物ってすごいんじゃないだろうか。

そんなことを考えていると、窓の外から慌てた老人の声が聞こえてきた。
「勇者タカシよ、大変だ!ムダラス博士の手下たちが、近くの市場で食品をムダにしている。すぐに行かなければ!」大根老師は慌てた様子でそう告げた。

「タカシ、一緒に来てくれないか?」切り干しレンジャーは真剣な眼差しでそう聞いてきた。
もう外は暗い。どうしようか、と母さんを見ると、母さんはすでに車の鍵と財布を持って、上着を羽織りながらこっちを見ていた。
「タカシ!切り干しレンジャー!さあ、出動よ!!」

母さん、出動準備はやっ!

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市場についた母さん「ここ、一般車は駐車禁止だから、あっちのSCに停めておくわ。終わったらLINEして」という絵。
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市場に到着すると、ムダラス博士の手下たちが食品廃棄マシンを稼働させ、食品を無差別に捨てている場面に遭遇した。

「なんでこんなに食べ物を捨ててるの?」あまりの行動に驚き、僕は叫ぶ。

「これが指示だ!ムダラス博士の命令でな、見栄えが少しでも悪いものは全部捨てるんだ!完璧な商品だけが店に並ぶ。それがムダラス流のビジネスさ!」
ぐへへへといかにも悪役の笑い方をしながら手下たちはそう言った。

そんな、もったいない!

その時、切り干しレンジャーがカバンの中から飛び出してきた。
どうやらかなり怒っているらしいのは、その表情からわかる。
「それは間違っている!食べ物に完璧を求めすぎると、こんなに無駄が出るんだ!食べ物は生き物だ。違いがあっても、それでいいんだ!!!」

切り干しレンジャーの内側から光が漏れ出してくる。
「この世界には、食べ物を無駄にしない技術がある!ムダラスに伝えろ、私たち乾物レンジャーが、お前よりも先に、食べ物を乾燥させて決して捨てさせないと!」
切り干しレンジャーは叫び、そして、ウル○ラマンのようなポーズをとった。

「くらえ、必殺、サンシャインウェーブ!!!」

まばゆい光の波が、切り干しレンジャーの指先から放たれた。
その光が食品廃棄マシンに当たると、ぐおん、という音を最後に、マシンが停止した。
「な、何だこれは!? マシンが止まっちゃった!」
「まずいぞ、親分に報告だ!!!」
「覚えてろ〜〜!!」
手下たちは慌てふためきながら、捨て台詞を吐いて逃げていった。

「すごいよ、切り干しレンジャー!光でマシンを止めるなんて!」
僕が驚いてそう言うと、いかにももうくたくたです、という雰囲気でヒョロガリ大根は教えてくれた。
必殺技一発でマッスルモードは解けちゃうんだな。

「ありがとう、タカシ。この光はただ明るいだけじゃないんだ。
僕たち切り干し大根が長い時間、太陽の下で特別な力を蓄えてきたからこそ、こんな特技が使えるんだよ。
でも、発動には条件がある。それは、勇者タカシ、君が美味しいと言って切り干し大根を食べてくれることなんだ。ありがとう、君のおかげで食べ物が捨てられずに済んだよ」

その後、僕たちは市場の人たちに、食品を無駄にする活動をやめるように話して回った。
市場の人たちはムダラスの手下に洗脳されていたようで、目が覚めた後、これからはムダラスの誘惑に負けず、なるべく食べ物を捨てないようにすることを約束してくれた。

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今日は、いろんなことがあったな。
家に向かう車の中で夕方からの出来事を思い出す。
まだ、これが現実だとは思えないけど、それでも、良いことをした、という満足感で、僕の胸は満たされていた。

切り干しレンジャーはカバンの中のビニール袋の中で休んでいる。
僕だけじゃなくて、いろんな人が食べておいしいと言ってくれたら、また必殺技のパワーが充電されると言ってたから、友達にもおばあちゃん直伝の煮物のレシピを教えてあげようかな。

もしかしたら、そんなちょっとしたことが、
毎日の暮らしの中で、食べ物をおいしく味わって食べることが、
未来につながっていくのかもしれない。
それだったら、僕にもできそうだ。

夢でも見ているかのようにふわふわした気持ちで、僕はそんなことを考えていた。

【続く】

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