第7話・『乾物24時』
12月のある休日。タカシは家で、今日1日の過ごし方を考えていた。
最近、乾物ヒーローたちのためにいろんなイベントを企画してちょっと忙しかったからなあ、今日はゲームをやって、動画を見て、のんびり過ごそうかなあ♪
そんなことを考えてワクワクしていると、1階のリビングから母さんが呼ぶ声がする。
「タカシ〜、ビッグニュースよ!」
ううう、ちょっと嫌な予感がする・・・!
「タカシ!プレゼントがあるのよお〜!」
満面の笑みとドヤ顔が絶妙に入り混じった母さんの顔。嫌な予感MAXだ。
「駅前のデパートで、『乾物24時』っていう展覧会やってるんだって!ほら、隣のおばちゃんがあそこで働いてるでしょ?入場チケットもらったから、あんた、行ってみなさいよ!最近、乾物のお友達も増えてるみたいだし!!」
チケットをひらひら振りながら話す母さんの嬉しそうな顔。何がそんなに嬉しいんだ。
「えー…。母さんが行けばいいじゃない。」
「私は今日は撮り溜めてたドラマを見るって決めてるの!」
「いやー、僕だって今日はゲームをやろうと・・・。」
抵抗を試みた僕に、母さんは大袈裟にため息をついて、こう言った。
「これは、隣のおばちゃんが、最近からっからに乾いた乾物ヒーローたちとあんたが歩いているのを見かけて、それで、あんたのために、ってくれたものなのよ!あんた、小さい頃から隣のおばちゃんにはおやつをもらったり、お世話になってるでしょ?あんたが行かなくて私おばちゃんに何て報告すればいいのよ!ほら、ご飯食べたら行ってきなさい!今日までらしいわよ!」
マシンガン母さんトークに立ち向かえるほど、僕はまだ反抗期じゃない。
それに、後日、隣のおばちゃんに声をかけられた時に備えることも大切なリスクヘッジだ。
仕方ない。
僕はしぶしぶチケットを受け取り、テーブルに用意してあったベーコンエッグと食パンをサンドイッチみたいにして食べ始めた。
ご飯を食べ終わって部屋に戻ると、昆布マスターとシイタケンがいそいそと出かける用意をしていた。
乾物ヒーローたちは、普段は大根老師がくれたビニール製の収納袋に収まって、僕のカバンの中に住んでいる。用事がある時には袋の中から飛び出して、基本的には僕の部屋で自由気ままに過ごしているのだ。
「あれ、昆布マスター、シイタケン、どこかにいくの?」
そう尋ねると、昆布マスターが振り向いて言った。
「ああ、タカシくん、うん、ちょっと忙しくてね。今日からクリスマス明けくらいまではもしかしたら帰ってこれないかもしれないけど、気にしないでくれたまえ。」
昆布マスターはカッチカチに硬派な昆布を目指している。今日も太くてええ声を無理に出しているので、話終わった後、喉が痛そうにしている。
無理しなくてもいいのに。
「僕も昆布マスターと同じくらいかかるかな〜。しばらく会えないけど、お正月には帰ってこれると思うから。」
シイタケンも、大きなボストンバッグに着替えを入れながらそう言った。
お正月って、今から1ヶ月も先だ。ずいぶん長いことどこかに行くらしい。
どこに行くの、と聞こうと思った時、玄関のチャイムが鳴る音が聞こえた。
「あ、お迎えが来たみたいだ。じゃあ、タカシくん、切り干しレンジャー、行ってきます!」
シイタケンが元気に言った時には昆布マスターはすでに部屋を出て階段へと向かっていた。心なしかいつもよりも顔がキリッと引き締まっているように見えた。
シイタケンはにっこり笑って手をひらひらと振り、昆布マスターの後をおって部屋を出ていった。
誰がきたんだろう?
窓の外を見ると、黒くて大きくて立派な高級車が2台止まっている。スーツをピシッと着こなした運転手らしき男性がそれぞれの車のドアの前に立ち、昆布マスターとシイタケンを見るとドアをさっと開けた。
こういうの見たことある。大企業の社長が迎えにきてもらうやつじゃん。
昆布マスターとシイタケンはそれぞれ別の車に乗り込んだ。運転手がドアを閉め、運転席に急いで乗り込む。そして、車は静かに走り出した。
2台の車は、初めの角でそれぞれ別の方向に進み、見えなくなった。
僕は唖然とした。
乾物たちがVIP待遇を受けるなんてある!?
「ねえ、切り干しレンジャー!昆布マスターとシイタケンはどこに行ったの?」
じゃっかんパニックになって僕は聞いた。
その時、切り干しレンジャーは窓際の椅子に座り、文庫本を読みながら優雅にお茶を飲んでいた。
切り干しレンジャーは本を読みながら、優雅な調子でこう答えた。
「ああ、彼らは年末商戦のお手伝いに行ったのさ。」と答えた。
「どういうこと?」ますますわからなくなって僕が尋ねると、切り干しレンジャーは本から顔を上げて話した。
「おせちだよ。日本のお正月の伝統的な食事、おせち。食べたことあるだろう?」
僕は去年のお正月を思い浮かべた。
「うん、食べたことあるな。それがどうしたの?」
「おせちには乾物が大活躍している。
昆布を使った昆布巻きは”喜ぶ”に通じるから、おせちには欠かせないメニューだ。昆布マスターは、昆布巻き製造会社に行ったのさ。良質な昆布巻きを提供する手伝いをするんだろう。」
「そうなんだ・・。ちゃんと働いているんだね。シイタケンは?」
「干し椎茸は、傘の部分の模様が亀に似ていることからおせち料理にはよく使われる。日本では昔から、”鶴は千年、亀は万年”と言って、長生きのシンボルなんだ。お正月の料理にはいろいろな意味を込めて縁起よく作られるからね。
昆布や干し椎茸の需要が高まる年末は、ぼくら乾物ヒーローの出番というわけさ。」
そう話す切り干しレンジャーは遠くを見る目をして続けた。
「今の時期は生の大根が旬だからね。おせちのなますの大根も、生を使うしね。
まあ、今の時期は生大根に大根ステージの主役を譲ってあげようか、ってわけ。
僕の出番は年末に限らないからね。切り干し大根は一年中需要があるし、普段は忙しいからね、こうやって優雅にお茶を飲める時間に、逆に感謝しているんだよね」
聞いてないのに自分の身の上について話し出す切り干しレンジャーはどことなく寂しそうだ。
要するに暇なんだな。
「ふーん、じゃあ、一緒に乾物の展覧会に行く?駅前のデパートでやってるみたいなんだけど」
僕は切り干しレンジャーに「乾物24時」のチケットを見せた。
「な、な、なんと・・・!そんなファンタスティックな展覧会が行われているですと!?」
ぐいっと前のめりになった切り干しレンジャーの勢いに、僕はギョッとして後ろにひいた。近い!!!
「行きます、行きますとも!ああ、我々乾物に光を当ててくれる存在がいるだなんて!」
バレリーナのようにクルクルと周り出す切り干しレンジャー。喜んでくれて何よりだよ。
「じゃあ、午後はゲームがしたいから、今からサクッと見に行こう。ほら、袋に入って。知らない大人に見られたら騒ぎになっちゃうから。」
「はい、ただちに!!!」
切り干しレンジャーに収納袋をピタッとくっつけると、彼は縮んで袋の中に入った。袋の中で切り干しレンジャーはニヤニヤしている。楽しみで仕方ないようだ。
僕は、切り干しレンジャーをカバンに入れて、駅前のデパートに自転車で向かった。
日本の伝統ともったいない精神
デパートはたくさんの人で賑わっていた。
色とりどりに輝く派手なイルミネーションでデコレートされた入り口をくぐると、大きなクリスマスツリーが吹き抜けに飾られていた。
キラキラ光るクリスマスオーナメントに、多くの人が目を奪われ、ツリーを見上げていた。
店内に流れるジングルベルの曲を口ずさむ子供もいる。
みんな笑顔だった。
「プレゼントは何がいい?」
「ケーキ楽しみだな」
「クリスマスチキンのご予約はこちらで承ってま〜す!!」
すれ違う人たちの話題はクリスマス一色だ。
そういえば、クリスマスプレゼントを何にするか、まだ決めてなかったな。
そんなことを考えながら、母さんにもらったチケットを確認する。
乾物展覧会は最上階のイベントスペースでやっているようだ。
僕は賑やかな店内を進み、上りのエスカレーターに乗った。
上の階に行くにつれてだんだん落ち着いた雰囲気になる。店内の音楽は相変わらずクリスマスソングだけど、ボリュームは抑えられ、クリスマス色も控えめだ。
最上階に着くと、より一層、雰囲気は落ち着いたものになった。
落ち着いた、というより、閑散としていると言った方がいいかもしれない・・?
そのデパートの最上階には、広い催事スペースがある。その奥には1軒だけ、和食中心のレストランがあるが、今の時間はまだ営業していないようだ。
レストランの横には屋上に出られるドアがあり、ドアの外には小さな子供向けのメリーゴーランドやパンダの乗り物など、ちょっとした遊園地的な場所がある。
僕ももっと小さかった頃はよく両親に連れてきてもらったのを覚えている。
昔はもっとたくさん人がいて賑わっていた記憶があるけど、今日は人影もまばらだ。
近くに大型のショッピングモールができたから、普段は僕もそっちに遊びに行くことが多い。駐車場が広いから行きやすいのだ、と父さんが言っていた。
屋上で野晒しの遊具は、だいぶボロボロになっている。
子供の頃の思い出を甘酸っぱいようなほろ苦いような気持ちで思い出しながら、『乾物24時』の入り口へと向かった。
パネルがたくさん置かれた一角がどうやら会場のようだ。
・・・あれ?ちょっと、予想に反している雰囲気だ。
僕の予想では、パネルにいろんな乾物の作り方の写真などが貼られていて、パネルの前には白い布をかけられた会議テーブルが置かれ、乾物の見本が並んでいるだけの、殺風景な展示会を想像していたのだ。
市民センターとか市役所の催事でよく見かけるような、シンプルイズベストな展示をイメージしていた。
けど、会場は紺色の藍染の布でぐるっと囲まれ、入り口の横には小さなやぐらが組まれ、そこにたくさんの大根が干してある!
地域性を打ち出し、内装や雰囲気作りに力をいれる高級温泉「星○リゾート」のラウンジのようなこだわりを感じる!
不覚にもちょっとワクワクしながら『乾物24時』の入り口に来た。
入り口には、四角いベージュ色の何かが紐に結えられてのれんのようにたくさん垂れ下がっている。確か、高野豆腐ってこんな形だったような。
「どうもこんにちは〜、古き良き日本の乾物の世界へ、ようこそ〜」
高野豆腐ののれんをかき分けながら、柔らかい笑顔の女性が出てきた。
「チケットお持ちですか?ありがとうございます〜。どうぞ、めくるめく乾物の世界をお楽しみください〜」
そう言って、僕を招き入れてくれた。
めくるめく乾物の世界って、なに?
中に入ると、そこは異次元空間だった。
薄暗い会場の壁はスクリーンになっていた。
和なミュージックに合わせてプロジェクションマッピングの映像が切り替わっていく。
冬、雪景色の中、棒状の何かが整然と外に並べられている。
夏の暑そうな日差しの中で作業をしている老夫婦は、白い紐状の何かを竿に干している。
海辺で昆布らしき長くて大きな海藻を干している漁師たち。
日本の海や山の美しい景色と、美味しそうな料理。
大きなテーブルをたくさんの人が囲み、笑いながら食事をしている様子。
いろんな情報が映像と共に僕の目に飛び込んできて、一瞬、映画館にいるような感覚になった。
「これは、すばらしい!!!」
僕のカバンから切り干しレンジャーが飛び出してきた。
「ああ、こんなふうに乾物を紹介してくれるなんて!そうなんだよ、かんぶつって、美しいんだよ!!!あなたは一体・・・?」
切り干しレンジャーは受付の女性に声をかけた。女性は突然現れた切り干しレンジャーを見ても驚くこともなく、にっこり笑ってこう言った。
「あらまあ、切り干し大根の妖精さん、こんにちは。まさかこんな都会で会えると思ってなかったわあ。
私は、日本かんぶつ協会のトミヤマと言います。乾物の素晴らしさを伝えたくて、日本全国を回らせてもらってます」
乾物の課題解決能力をトミヤマが語る
トミヤマさんは熱意を込めて、乾物の多面的な価値について語り始めた。
「乾物は単に古い保存食ではありません。これは現代社会の多くの課題に対応する非常に効果的な解決策なんです。私はそのことを多くの人に広めたくて、日本全国を回っています」
旬の野菜と果物が乾かすことによって賞味期限が伸びることを写真で紹介するコーナーの前で彼女は語った。
「まず、フードロスですね。乾物は食材を長期間保存できるため、廃棄が必要ない状況を作り出します。新鮮な野菜や果物などは傷みやすいですが、乾燥させることでその問題を克服できます。」
「切り干し大根も、冬にたくさん取れた大根を保存する方法の一つなんだよ。」切り干しレンジャーが得意げに言った。
次に、彼女はエネルギー問題に触れた。
「乾物は常温保存が可能で、冷蔵や冷凍に依存しないため、エネルギー消費を大幅に削減できます。これは、エネルギー危機と大気汚染が叫ばれる今日、非常に重要な点です。」
「トラックなどで運ばれる時にもこの点は重要だ。水分が抜けて軽くなるし、かさが減って一気にたくさん詰めるしね。」切り干しレンジャーはさらに得意げに、鼻息荒くそう話した。
トミヤマさんは栄養面の利点にも焦点を当てた。
「乾物は栄養価が非常に高いんです。水分だけ抜けて、栄養価は凝縮されますから。特にミネラルや食物繊維が豊富で、体に必要な栄養素を効率よく提供できます。例えば、干し椎茸は乾燥の時に日光を浴びることでビタミンDが増加しますし、昆布にはヨウ素が豊富に含まれています。」
「現代生活では取りにくいとされている栄養が、効率よく取れるんだよ!」
このコーナーでは、切り干し大根を使ったサラダが試食として提供された。マヨネーズとすりごまで味付けされたものだそうだ。食べてみると、煮物とはまた違う歯応えがあって、とてもおいしかった。
切り干しレンジャーの得意げな様子、ここに極まれり!
ブースを一通り回った後で、トミヤマさんは防災への貢献について説明した。
「日本は地震国ですから、万が一の災害に備えることは非常に重要です。乾物は水さえあれば食べられるものも多く、非常食としての価値も高いです。」
「そう!ローリングストックとして備えるといいんだ!乾物は、価格面でもとてもお手軽なんだよね!」
もはや喜びで涙を浮かべる切り干しレンジャーを見ていると、乾物たちが本当に自分たちのことを知ってほしいと思っていることが感じられた。
最後に、受付まで戻ってくるとトミヤマさんがしめくくった。
「今後、食糧危機になると言われる世界のためにも、地球の環境のためにも、私はもっと多くの人に乾物を知ってほしい。毎日の暮らしに気軽に取り入れて、まずはご自身の健康ために、乾物を役立ててもらいたいと思っているのです。」
切り干しレンジャーはうなずきながら、
「そうなんです!僕たち乾物はただの食べ物ではなく、誇るべき日本の文化であり、未来のための一つの解答なんです!」と興奮して付け加えた。
タカシもこれらの話を聞き、乾物に対する見方が少し変わった気がした。
「確かに、奥が深いんだね。僕も、切り干しレンジャーに出会うまで、乾物のことは全然知らなかった…おばあちゃんのお家で食べる、地味なおかずだと思ってた。けど、すごい可能性を持っている食材なんだね!」と感心しながら言った。
トミヤマさんは笑顔で、「是非、これからも乾物の魅力を伝える助けをしてくださいね。あなたのような若者が興味を持ってくれることが、私たちにとっても大きな励みになりますから」とタカシに呼びかけた。
「よし!タカシくん!!さっそく多くの人たちに乾物のことを知ってもらおうじゃないか!」
切り干しレンジャーが勢いよく提案した。
「え、そんな急に・・・?」トミヤマさんですら、切り干しレンジャーの勢いにじゃっかん引いている。
「思い立ったら吉日!さあ、3人で頑張りましょう!!」
切り干しレンジャーは展覧会の入口に立ち、来場者に向けて手を振りながら熱心に呼びかけ始めた。屋上で遊んでいた親子が興味を惹かれてこっちに来てくれて、入場してくれたが、いかんせん、最上階には人が少ない。
「うーん、そもそもの人数を増やさないとダメだな・・・。タカシくん、僕は人がたくさんいる1階に行って呼び込みをしてくるから、ここは君に任せたよ!」
言い終わるやいなや、切り干しレンジャーは下りエスカレーターに飛び乗って行ってしまった。
「えっ、ちょっと待って、切り干しレンジャー!」
僕は慌てて後を追った。変な妖精がいるなんてバレたら大騒ぎになっちゃうよ!
クリスマスのデパートはキラキラの飾りと笑顔でいっぱいで、そんな雰囲気の中、切り干しレンジャーは一際目立っていた。
彼は楽しげに踊りながら人々を最上階へと誘っていた。
時にはワルツのように優雅に、時にはサンバのように激しく。
彼の奇抜な外見と元気なダンスは、買い物客の目を引き、特に子どもたちはキャッキャとはしゃぎながら彼についていった。
「見て!あの変わった着ぐるみ!何か面白いことやってるみたいだよ!行ってみようよ!」と子供が指さし、そのまま興味本位で最上階に向かう家族連れや若者たちが現れ始めると、自然と人の流れが生まれた。
誰も、切り干しレンジャーが本物の妖精だとは思っていなかった。
新たな着ぐるみのマスコットキャラクターだと思っていたのだった。
人がたくさんエスカレーターに乗って上の階に向かうのを見て、タカシは今度はトミヤマさんのことが心配になった。
「1人で大丈夫かな・・・。」
最上階に到着すると、トミヤマさんは既に多くの来場者に囲まれ、乾物について熱心に説明していた。
「こちらの昆布は特に良質で、お出汁にすると絶品ですよ。試食してみてください!」と声を張り上げていた。
タカシはそんな彼女の隣で、切り干し大根のサラダやすまし汁などの乾物を使った試食を配った。渡しても渡してもあちこちから手が伸びてきて、てんやわんやだ!
「なんだ?随分騒がしいが・・・。」
営業を開始した和食レストランの店長が何ごとかと様子を見に来た。
レストランの店長は、デパートの賑わいが失われるにつれて、かつての元気を失っていた。
昔ながらの和食メニューではもうお客様には喜んでもらえないのではないかと悩んでいたのだ。
人が集まる「京都物産展」などは、デパート側の意向で地下の食料品街で行われるため、最上階がこれほどまでに賑わうことは、ここ数年、なかった。
それもこれも、大型ショッピングセンターができてからだ。時代の流れには逆らえないのか・・・と、半ば諦めていたのだ。
しかし、最上階はたくさんの人で溢れていた。
『乾物24時』?変わった催事が開催されるのだな、としか思っていなかった店長は、まさかの賑わいに驚いた。
彼はトミヤマさんの熱意、タカシの手際の良さに心を打たれた。
『乾物24時』を訪れて、乾物料理を試食した人々の笑顔を見て、思いを改めた。
「みんな、知らなかっただけなのかもしれない」と。
和食はもう流行らないと、決めつけて、努力を怠っていたのは自分だったのではないか、と。
和食の美味しさ、その価値を、きちんと伝える努力を、自分はしていたのか、と。
そこに、切り干しレンジャーが現れた。南米のお祭りのようなエネルギッシュな創作ダンスを見た途端、店長の心には情熱が迸った!
店長は、胸にわいた情熱に抗えなくなり、その場にいた人々に発表した。
「素晴らしい活動をされている皆さんを応援するため、本日は乾物を使ったおばんざい食べ放題を特別価格で提供します!さあ、どうぞレストランにもお越しください!」
このアナウンスにより、最上階の和食レストランは一気に活気づき、試食を楽しんだ来場者たちが次々とレストランへと足を運んだ。
おばんざいメニューには、煮物やサラダ、炊き合わせなど、様々な乾物が使われており、来場者はその味わいに感動していた。
ひっきりなしに空くお皿を埋めるため、店長は大忙しだ。だが、その顔には満足そうなやりがいが満ち溢れていた。
「乾物がこんなに美味しいなんて知らなかった!」という声が飛び交い、レストランも展覧会も予想外の盛況ぶりを見せた。
切り干しレンジャーのダンスが始まるたび、更に多くの客が集まり、その都度、拍手や歓声が上がっていた。
気がつけば、デパートは閉店の時間を迎えていた。
閉店を告げる音楽が流れた時、『乾物24時』の会場にはまだ多くの人がいて、乾物についての質問が飛び交っていた。
閉店です、と伝えると、絶対にまた来ます、と言って帰って行った。
トミヤマさんは疲れた表情ながらも大満足の笑顔を浮かべ、「今日は本当に素晴らしい一日でした!皆さんのおかげです。ありがとうございます!」と感謝の言葉を述べた。
レストランの店長は、
「今日は大赤字だよワッハッハ!けど、ここに美味しいレストランがあることを知らなかった人も多かったみたいでな、また来ますと言ってくれたよ。次のリピーターを獲得できたと思えば安いもんだ!乾物は安いからな、助かったよ!!」
と、豪快な笑顔を見せて嬉しそうに話した。
「今日はお疲れ様でした!おかげで地下の食料品売り場で乾物がたくさん売れましたよ、驚きです」
そう言いながら現れたのは、デパートのマネージャーだ。
「正直、乾物の催事に人が集まるなんてありえないと思っていました。けれど、それは私たちの思い込みだったようです。」
丁寧な態度で、マネージャーはありがとう、と深々とお辞儀をして続けた。
「私たちデパートの使命は、売れるものを揃えることはもちろんですが、お客様に新しいお買い物体験をお届けし、暮らしに彩りをご提供することでもあります。そのことを改めて気づかせていただきました。ぜひ、また『乾物24時』を定期的に開催してください。こちらからお願いします。」
トミヤマさんはその言葉に涙ぐみ、ぜひ、と言ってマネージャーの手を握りしめた。
タカシも、乾物の可能性を多くの人に知ってもらうことができ、大きな達成感を感じていた。
正直、切り干しレンジャーに出会ってから、休日が忙しくなって、ちょっとめんどくさいな、と思うこともあった。
けれど、今日、多くの人が嬉しそうに、楽しそうに試食を食べる姿を見て、ゲームをやるよりも楽しいかもしれない、と思ったのも事実だった。
乾物の素晴らしさは、伝え方次第でもっと広がる可能性があるのではないか、と考え始めたのだった。
タカシはそう考えている自分に、少し驚いた。
===
この日、乾物という日本の伝統食が新たな魅力を放ち、多くの人々にその価値を再認識させる機会となった。
知らないことを知る楽しさと、おいしさ。
乾物の魅力を伝えるタカシの活動は、これから急展開を見せる・・・!?
【続く】