遊郭島心中譚(レビュー/読書感想文)
遊郭島心中譚(霜月流)
を読みました。新刊です。
第70回江戸川乱歩賞受賞作。
いわゆる廓/遊郭(くるわ)もの。けっして多くはないものの、ミステリーの世界ではときおり見かけられるロケーションです。
江戸川乱歩賞受賞作で言いますと、第32回受賞作にあたる山崎洋子さんの『花園の迷宮』(1986年)があります。たしか映像化もされていたはず。また、比較的、近年の長編だと、三津田信三さんの『幽女の如き怨むもの』(2012年)が、個人的には印象に残っている作品です。
数ある先行作と比較したとき、本作『遊郭島心中譚』に備わった特性として私がとりわけ強く感じたのはこれでもかと徹底された時代考証です。巻末に大量に並べられた参考資料群からも下調べ段階での労苦がひしひしと伝わってきます。
本作では、幕末の横浜、当時の文化・風俗、そして遊郭・遊女のありようが緻密な筆致で描かれます。外国人を相手に取る遊女(外妾)が羅紗緬(らしゃめん)と呼ばれていたことを私は今回の読書をつうじて初めて知りました。
あらすじは上に引用したとおりですが、江戸の町娘・伊佐が、船饅頭(船上の売春処)のなかで焼死体となって発見された父・繁蔵にかけられた汚名を晴らすため、港崎遊郭に外妾として乗り込むというもの。生前、繁蔵は、攘夷主義の過激派にくみしたうえ町娘を殺害するだけでなく、その首を切断、どこかに持ち去ったとされます。
おかしな表現になりますが、『遊郭島心中譚』はスロースターターな作品とも言えそうです。発端になる事件自体は比較的地味であり、また、伊佐が遊郭に潜入してからもそれほど展開が起伏に富むわけではありません。淡々とした落ち着いた進行は、過激なミステリに馴れてしまった昨今の読者からは退屈と取られることもあるかもしれません。
が、本作が化けるのは終盤です。
精緻な時代考証で塗り固められた世界観と落ち着いた進行から一転、突如「解決編」とも呼ぶべきシーンに突入します。その中心に居座るのはもちろん「名探偵」。そう、本作は手堅い歴史小説の皮をかぶった歴とした本格ミステリでした。
表面に見える謎は派手ではないと書きました。が、解決編ではそれまでの些細な違和感や描写が伏線としてあぶり出され、そしてそれらが組み合わさって壮大な奇想を形作ります。
ミステリでは、ときに「バカミス」と呼ばれる作品があります。必ずしも悪意だけをもってそう呼称されているわけではないのですが、私なりの分析として、脆弱な土台(世界観や舞台設定)に荒唐無稽な奇想だけを載せたときにそう評される傾向はありそうです。お笑いの文脈に置き換えると、フリのない一発ギャグのようなものでしょうか。
(かえってわかりにくい!?)
最終盤に明らかにされる、ともすれば与太話とも取られそうな――とある「企て」に説得力を持たせるため、そのために作者は『遊郭島心中譚』を書くにあたって徹底した時代考証(リアリティ)に拘泥したのではないかとそんなふうに思いました。
本作のテーマは、愛。壮大な「企て」とは、ひとつの愛の証しです。
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