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崑崙奴(レビュー/読書感想文)

 崑崙奴(小泉迦十)
 を読みました。新刊です。

 小泉迦十さんといえば、伝説のメフィスト賞作品として知られる『火蛾』(2000年)の作者です。

『火蛾』は、イスラム神秘主義思想を題材に取った稀有な、というより恐らく現時点で唯一と言ってよさそうな本格ミステリです。聖地メッカを目指す若き修行僧が旅の途中、導師の住む山のいただきでその弟子らの不可解な死に見舞われて――というあらすじ。

 発表当時は講談社ノベルスで刊行されていましたが、長いあいだ絶版で入手困難だったところ、昨年、今回の同作者による新刊発売を見越してか、23年ごしの文庫化を果たしていました。

『火蛾』文庫版

 イスラムの思想や世界観を現代の日本でフィクション作品として扱うだけでなく、それが本格ミステリとなれば、これはひとつの挑戦です。破格の作品と言えることは間違いないでしょう。

 このような作品をしていったいどんな作者なんだと、当時は話題にもなったのですが、一部のインタビュー記事を除き、小泉さんはひたすらに沈黙を守り続けてかれこれ24年。そうした背景も含めて『火蛾』という作品は伝説になりました。

 そんな小泉迦十さんがおよそ四半世紀の沈黙を破って、今回発表した作品が『崑崙奴』です。

第17回メフィスト賞『火蛾』で鮮烈なデビューを飾った幻の作家・古泉迦十による24年ぶりの本格ミステリ超大作が、ここに降臨!
大唐帝国の帝都・長安で生ずる、奇怪な連続殺人。
屍体は腹を十文字に切り裂かれ、臓腑が抜き去られていた。犯人は屍体の心肝を啖(く)っているのではーー。
崑崙奴ーー奴隷でありながら神仙譚の仙者を連想させる異相の童子により、捜査線は何時しか道教思想の深奥へと導かれ、目眩めく夢幻の如き真実が顕現するーー!

『崑崙奴』紹介ページより

 舞台は古代中国の都・長安。都を揺るがす連続殺人事件の被害者は腹を裂かれ、臓腑が抜き去られていた――。

 事件を追うのは、京兆府賊曹(いわゆる首都警察の警部)の兜(トウ)と、進士(官僚志願者)・裴景(ハイケイ)のコンビ。

 友人である官僚・崔静(サイセイ)の不審な徘徊をきっかけに連続殺人事件の屍体に遭遇した裴景(ハイケイ)は、昔なじみの兜(トウ)とともに異形の連続殺人に挑みます。

 そして、ふたりを事件の核心にいざなう崑崙奴(南海諸国より唐に献じられた外国人奴隷の呼称)の童子・磨勒(マロク)の正体は――

 ――そんなあらすじです。

 舞台設定上、固有名詞に難読漢字が多く入りますので、どうしても多少の読みづらさはありますが、やがて慣れてくるものです。

 主人公の友人が家に帰らず街を徘徊しているという、ある種の些事から開幕するため、この物語はどこに向かうのだろう――と、どこか没頭しづらい序盤もあるのですが、腹を裂かれて臓物を持ち去られた屍体が次々と発見されるに至って、中国における食人史(カニバリズム)の考察が挿し込まれるあたりからエンジンがかかり始めます。

 これは、この既視感は――どこかで――

 そう、百鬼夜行シリーズ(京極夏彦)です!

 先行作を彷彿とさせるという表現が、多少でも後発の作品を貶めるイメージがあるのでしたら、言い方をあらためます。

 百鬼夜行シリーズと同じ魂――スピリットを感じる作品でした、と。

 大注目の新作ですし、異論・反論ありそうなので、あくまで私個人の感想ということでお願いします。

 ただ、全編をとおしてペダントリーに満ちた会話や、一部キャラクターの語り口や性格など、百鬼夜行シリーズを思い出させる場面は、私のなかで少なくありませんでした。

 主人公コンビの兜(トウ)と裴景(ハイケイ)の描写が、終盤は、すっかり中禅寺と関口の姿として見えていたことを付け加えます。

 では、ここまで私の感想を聞いたひとが、本書のことを、『黒死館殺人事件』に代表される衒学主義の大作ミステリに連なる一冊としてだけ認識されるようなことがあれば、それは私としては本意ではありません。

 道教思想の深奥と紐付けられたホワイダニットの解明は先例を見ないだけでなく、加えて、タイトルにも冠された「崑崙奴」の童子が物語に果たす役割は本書の唯一無二性を高めます。

 前作『火蛾』の形而上学的作風から一転、王道的な探偵小説の形式を採りながら、酩酊感さえ催す無数のレトリックと巧みなストーリーテリングが同居する本書はまぎれもなく極上のエンタテインメント小説でした。

  ◇

 前作から一転と上に書いたところですが、それを言うなら展開より前にテーマですよね。ムスリムを主役に据えた本格ミステリを書こうとするくらいですから、てっきり小泉迦十さんはアカデミックな職場でイスラム思想の研究をされているひとなのだろうと想像を逞しくしていたところ、――え、今度は古代中国ですか、と目をパチクリさせた私のような読者も少なくないことでしょう。

 今作の発表でもって、ますます小泉迦十さんの素顔は謎めくばかりになったわけですが、今後、メディアへの露出は増えるのでしょうか。

(ミステリ系の覆面作家がヴェールを脱いだ例といえば、やはり北村薫さんでしょう)

 新作発表を機に、作品の外側の話題もしばらく続きそうです。


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#小泉迦十



 




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